「泉谷しげるデビュー50周年」本人と振り返る、ワーナーとビクター時代

泉谷しげる



翼なき野郎ども / 泉谷しげる

田家:この曲で思い出されることはどんなことですか?

泉谷:これも最初、バンド形成の1つ、加藤和彦さんプロデュースだったんだけど、歌詞をどうだこうだ言う連中ばかりで、「何を問題視して歌うんだ」と喧嘩になって。「基本的に怒りなんじゃないか」って何気なく答えたら、「怒りったって今の世の中、何もないじゃないか」と。「だから、ないことを怒って、何もないことを歌えばいいじゃん」ってことを俺が言い返して。で、この曲を編み出したというか。「翼なき野郎ども、何もない男たち」という意味だよね。その前段として、曲から作ったものだから余計みんながイライラしたんですね。フォークのように歌詞があって曲をつくっていくのが当たり前になってた。それはただのバックだろうと。あんたたちがバンドでやる意味として、なんで音が大事なのか表現しないと意味ないということが全然通じなくて。まず、みんなの中には歌詞があって、曲を作る概念があった。みんなを敵に回しましたね。

田家:先週の最後がフォーライフ・レコードの1977年のアルバム『光石の巨人』で終わっているのですが、次の年のアルバムが『’80のバラッド』、「翼なき野郎ども」で、『光石の巨人』と全然違うじゃないですか。

泉谷:あれは遊びですからね。これは本当に怒りをテーマにしたものですし。80年代は清潔になっていく時代で、70年代にできたことができなくなっていく時代でもあった。それをちょっと予測してSF的に捉えて。とにかく、みんなのイラつきをちょっと煽ったところがあったんだけど、なかなかできなくて。

田家:これは原稿用紙10枚以上詞を書いたそうですね。

泉谷:何度も書いて、論文みたいに書いたりもした。

田家:俺たちには何もないみたいなことを書いて?

泉谷:そうそう。人間というのはもともと何もない。だから、どういう人間になるかだろうということを何度も書いて、最初からあったら逆に怖い(笑)。何もないことを武器にしないといけない。

田家:無へのイラつきを歌えと。

泉谷:そういうことですよね。それを自分の一生のテーマにした。

田家:ここから始まったことがたくさんある。

泉谷:おかげさまで、すごいメンバーとやる時に、対抗しているんだと思うんですね。

田家:しかもこのアルバムはワーナーの移籍第一弾で、レーベルが洋楽のアサイラム・レーベル。イーグルス、ジャクソン・ブラウン、トム・ウェイツ。先週のトルバドールのライブがあって。そういう流れも関係してそうですね?

泉谷:ちょっと関係してますね。でも、最初は全然売れなくて、すぐクビになっちゃいましたけど、後から評価されて。

田家:泉谷さんが80年代をどんなふうに迎えたのかというのも、今日のテーマでもあるわけですが、この後またお話を伺います。

Rolling Stone Japan 編集部

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