「泉谷しげるデビュー50周年」本人と振り返る、ワーナーとビクター時代

褐色のセールスマン / 泉谷しげる

田家:1979年10月発売のアルバム『都会のランナー』から「褐色のセールスマン」。良いタイトルだなと思いました。

泉谷:これは自分が本当にオリジナルを目指しているセンスがよく出ているなと。ギターはマーク・ノップラーなんですけど、とにかく何かを引用されるとちょっとイラッとするんですよ。だから、タイトルとか歌い方とか、表現する世界はなんとかオリジナルにしようと。誰も歌わないような歌を。

田家:エレック時代は自分のことを歌っている歌が多くて、「褐色のセールスマン」はフィクションに近い描写ですもんね。

泉谷:まさに風景画に近いですけどね。所謂男達の歌をどう表現するのかが自分のテーマなので、時代を乗り越えてきた、時代を作ってきた男達よどこへゆくみたいな。これはよく聴いてもらうと、今では通用しないだろうけど、女、子どもに分かってたまるか的な。こんなこと言ったら、セクハラになるんで。イチャイチャしたような歌は1つもないんですよ。なぜかと言うと、この頃から女性に媚びつらうロックがだいぶ出てきちゃって、ちょっとアイドル化していくし。それにちょっとイライラしてね。

田家:そういう泉谷さんに注目していた人の中に、向田邦子さんがいた。役者の仕事が1978年、1979年に急激に増えてくる。78年の『ハッピーですか?』という向田ドラマ。これが最初です。79年に「その後の『仁義なき戦い』」と、何よりも『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』犯人・小原保を演じた。これは衝撃でしたね。

泉谷:あれは男の仕事、男らしい仕事。

田家:泉谷さんがいいというのは脚本を書いてるわけじゃないのに向田邦子さんが推薦したというのをどこかで見ましたよ。

泉谷:頼まれてたんでしょうね。プロデューサーに。『ミュージックフェア』に出てて、「寒い国から来た手紙」を歌っていたんだけど。

田家:フォーライフの第一弾の曲。

泉谷:それを向田さんがたまたま観ていて、「歌は覚えてないけど、横顔がいい」と訳の分からないことを。で、「お前やれ」と。そういう言い方をするんです。

田家:お前って言ったんですか?

泉谷:そうそう。ムカッとは来たんだけど、かっこいいな、この女って、男っぽいんですね。で、女らしいというか。あのたくましさに惚れたというか。

田家:その時には演技に対してはどういう意識だったんですか?

泉谷:『ハッピーですか?』とかも出たくて出たんだけど、全然演技はやる気がない。映画は好きなんだけど、演技なんかやる気ないんですよ。それは未だにそうです。やっぱり、台本を覚えていかないし、演技プランも考えてないし。自分を捨てることができるじゃない? 音楽は1人でやらなきゃいけないけど、これは楽だなって思ったな(笑)。


左から、泉谷しげる、田家秀樹

田家:でも、『吉展ちゃん事件』の時は小原保という実在の犯人がいたわけですから、どう演技するかということになる。

泉谷:監督がそこらへんがおもしろい人で。

田家:恩地日出夫さん。

泉谷:そう。演技するなって怒られるんですよ。「本読んでくるんじゃねえ!」みたいな。それは渡りに船で、「いやーそうですよねー」みたいな。だから、当時の強い映画監督には黒澤さんも含めてそうなんだけど、演技をさせたがる監督と、全くさせたがらない監督がいたんです。だから、恩地さんもそうだし、黒澤さんもどこかそうなんですよ。

田家:『吉展ちゃん事件』はなかなか再放送がなくて。

泉谷:仮名な人はたった1人しかいないんですね。あとは当時の関係者が全部実名なんですよ。だから、報道のつもりでやっているので、お蔵入りになってね。しょうがないからプロデューサーが記者会見して、新聞記者だけに見せたら、これをお蔵入りにするとは何事だってなったから日の目を見たけど。テレビ大賞になったみたいで。だけど、自分の手柄というよりはプロデューサーとか、黒澤組のスタッフとか、そこらへんの力だと思うんだよね。

田家:当時、山口百恵さんと対談したのもありましたね。

泉谷:ありましたね。篠山紀信にのせられて、『平凡パンチ』で。百恵ちゃんファンだったから、ものすごく緊張して会ったら、顔が怖かったのか、向こうに怖がられてしまって。でも、すぐに仲良くなりましたけど。

田家:じゃあよかったですね(笑)。

泉谷:ああいう時代の自分たちと全く違うフィールドのスターたちと、フォークというマイナーな世界にいたらとてもできないことが役者になるとできちゃうんだって思考が広がりましたね。

田家:で、その時代にポリドールで4枚アルバムが出ているのですが、これは客観的に当時も聴きながら、役者の方に力が入っているんだろうなと思ったりもしてました。

泉谷:いや、役者にそんなに力を入れている訳じゃないんですよ。『都会のランナー』ぐらいまで、やりきっちゃっているんですね。ポリドールあたりはほとんど新聞記事。ブルース・スプリングスティーンの「リバー」みたいなものですね。

田家:時事ネタを歌う。

泉谷:時事ネタですね。だから、おもしろくないんですよ(笑)。

田家:そういう時間を経て、88年のアルバム『吠えるバラッド』にたどり着くわけですが、ここでLOSERが登場します。アルバムの1曲目「長い友との始まりに」。

Rolling Stone Japan 編集部

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