LOW IQ 01の青春時代「音楽人生の中で一番熱い1992年」

ー92年は世の中のニュースで言うと、尾崎豊さんが亡くなった年です。

尾崎豊の件は4月だよね。その時、『SHAKE A MOVE』に参加していた横浜のアフロダイヤモンズっていう大人数のマノ・ネグラみたいなバンドがいて。APPOLO’S時代に対バンもよくしてたんだよね。アフロダイヤモンズがABNORMALSと横浜でライブをやるから、それを観に行く時に東横線に乗ったら、新聞を読んでいる人がいて、尾崎豊死亡って一面に書いてあったのを覚えてる。

ーイチさんはリスナーとして尾崎豊は聴いていたんですか?

先輩の家に遊びに行ったりすると、先輩が聴いてたりしてて、「17歳の地図」、「15の夜」とか、80年代の尾崎は自然に耳にしてた。あと、話は変わるけど、新幹線の「のぞみ」。〈のぞみでゆくからね♪〉ってCMがあったんだよね。今まで「こだま」と「ひかり」しかなくて、「ひかり」が1番速かった。それが「のぞみ」で大阪まで2時間半で行けるようになって。でも、92年の時点ではお恥ずかしながら、修学旅行でしか新幹線に乗ったことないんだよね。あと、すごい覚えているのがチェッカーズの解散。92年まるまる活動して、12月31日の紅白で解散するんだよね。アイゴンはその時からギタリストとしていろいろ仕事もしていて。92年だと時代的にもっくん(本木雅弘)とかすごい時代だから「東へ西へ」で紅白に出た時、アイゴンがバックでギターを弾いているんです。あと、ファッションで言うと、ハワイアンジュエリーっていうのがあったんだよね。ちょっといかついロゴで、友だちがハワイに行った時にLOW IQ 01で作ってもらった。チカーノみたいなデザインなんだよ。この頃は『Fine』が全盛期になってきたんじゃないかな。

Rolling Stone Japan 編集部

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