『マスクド・シンガー』制作者が手がける新オーディション番組、売りは「拡張現実」

「私のアバターは強い戦士であることを表しているんです」

出場者の1人マシュー・ロードさんは、かつてカリフォルニア州コンプトンのごみ収集容器に置き去りにされた赤ん坊だった。それが今では、オペラを歌う恰幅のいい坊主頭の60歳だ(やぶれかぶれでジュリアード・オペラセンターのオーディションを受けたところ、「どういう風の吹き回しか、入れてもらえました」と本人)。

自ら率いるバンドThe Three Redneck Tenorsとツアー中に新型コロナウイルスが発生し、ロードさんは新しい働き口を見つけなければならなくなった。『Alter Ego』のオーディションでLAに行こうと決意するまで、彼は大型トラックで全米を走り回っていた。アラバマのCampbellスープ工場でトラックの後ろで眠っていた時に、番組から電話をもらった。「子供のころは次のジョニー・ベガスになりたかったんです」と、収録現場のグリーンスクリーンでローリングストーン誌にこう語った。

彼はチワワサイズのブルーの狼男Wolfgang Champagneに変身した。「アバターが何なのかも知りませんでした」と彼は言う。「映画も見たことがありません。1回目のオーディションを受けた時、僕はずっと絵文字と呼んでいました。でも確かに、Wolfeには僕らしさが存分に表れています。若くて、細身で、髪の毛もふさふさ」。さらに彼はこう続けた。「僕はもう年配です。この世界では僕のような人間はおよびじゃない。感傷にひたってるわけじゃありません。TVや音楽業界は若者の業界です。この番組は、僕でも現役でやれるチャンスを与えてくれました」

プラスサイズの女性ヤスミン・シャワムリさんは自力で音楽業界で成功しようと努力したものの、「相手にされず、拒絶された」そうだ。パレスチナ人とユダヤ人のハーフであるシャワムリさんはヨルダン川西岸の出身だが、人生の大半をシカゴで育った。周りから理解されないという思いに苦しんだ幼少期、劇場が彼女の居場所であり、未来へ導く一縷の光だった。「私は生き抜いてきました。シカゴを生き抜き、オピオイド危機を乗り越えました。私の書く曲はヘビーなことを題材にしています。自分の音楽で表現しています。私のアバターは強い戦士であることを表しているんです」

ローリングストーン誌が取材した4人の出場者の1人、ダシャーラ・ブリッジスさんはいつもR&Bやゴスペルやポップを歌うのが好きだったが、18歳の時に子供を産み、キャリアの夢をいったんストップした。「子供がいるので、音楽に専念できるかどうかわからなかったんです。でもこの番組のおかげで両立できるところまできました」と言って、娘と一緒にQueen Dynamiteというアバターの名前を考えた、と付け加えた(彼女の子供は現在12歳と7歳)。

アンソニー・フラミアさんもR&Bシンガーだが、自分が望むのはこのジャンルではないかもしれない、と考え始めている。「外見から、僕が何を歌うか想像がつくでしょう」と彼は言う。『Alter Ego』ではLover Boyとして出場しているフラミアさんは番組でロックに目覚め、自分の中でも何かが変わった。「実際、僕の声はロックのほうがいい感じです。まさかこんなグランジ感があるなんて」

だが時にレコード契約は、新進気鋭のスターを市場価値の枠に押し込めることが中心になる。以前フラミアさんも、6ix9ineにビートを書いていた時にRepublic Recordsから打診を受け、契約を結んだ――だがこの時すでに10年以上も、自分の音楽で「名を馳せよう」と頑張っていた。「2018年に契約を結んで、2019年に切られました」と本人。「10曲ほしいと言われて、20曲渡しました。スカイダイビングのライセンスも持っていたので、空からビデオも撮影しました。全曲自分でプロデュースもしました。でも気付いたんです、レコードレーベルがこちらを有名にしてやろうと頭を縦に振らなければ、厄介払いされるって」。 彼は再び一人きりになった。

Translated by Akiko Kato

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