『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』監督が語る、作品への情熱と制作秘話

また、ダニエル・クレイグ5作品の最初を飾る『007/カジノ・ロワイヤル』も印象に残っている。フクナガは何かが変わった気がした。「ダニエル・クレイグ版は、とてもスマートに感じた」と彼は言う。「世界の動きに合わせて007シリーズも変わる必要があった。ショーン・コネリー版ボンドのやっていたことは、今では完全に犯罪だ。ダニエル(クレイグ)以前の作品にも、ジュディ・デンチ演じるMが、ボンドを“あなたは時代遅れの女性差別主義者で、まるで冷戦時代の遺物よ”などと呼ぶシーンがある。シリーズ自体のキャラクター設定と、時代に合わせた変化が必要なのさ。」

「でもダニエル版のボンドは、僕の世代に合っていると感じる」とフクナガは続ける。「ダニエル・クレイグ版が好きなのは、情緒が感じられるからだ。個人的な利害関係があり、リアルな喪失感がある。インディペンデント映画の世界から外へ出て何かがしたい、という僕の思いと、ジェームズ・ボンドというキャラクターがぴったりはまったのさ。僕がこれまでに監督した『闇の列車、光の旅』から『ビースト・オブ・ノー・ネーション』を振り返ると、孤児やアウトサイダーなど独自の波長を持ち、自力で生きている人間ばかりがテーマになっていた。僕は悟ったのさ。」

フクナガはしばらく間を置いて口を開いた。「僕は孤児ではない。僕の家族は、僕がそれを知っているということに感謝するだろうね」と笑いながら分析する。

しかしフクナガ自身にも「アウトサイダー」の一面が強く見られる。さまざまな人種の血筋を持つフクナガは、北カリフォルニアで生まれ育ち、母親の再婚に伴い少年時代の一時期をメキシコで過ごした。彼はかつてニューヨーク・タイムズ・マガジン誌のインタビュー(2018年)で、自身の生い立ちについて語っている。「どの民族に属すのか、自分でもわからない。血液型はOマイナスだから、誰にでも輸血できる。いわゆる第3文化の子どもで、特定のグループではなく世界の中の一人として生きてきた」という。フクナガは軽くうなずくと、言葉を選びながら話し出した。

「たぶん…自分の心理状態を分析してみると、僕は感受性が強い方だと思う。性格が優しいという意味ではない」と彼は言う。「さまざまな人々の違いを見分ける能力という意味だ。成長過程での経験から、どんな環境にも適応でき、必要に応じて自分を合わせられる。今の自分にどのように影響しているのか、具体的にはわからない。でも言えることは、『闇の列車、光の旅』や『ビースト・オブ・ノー・ネーション』など、これまで全く経験したことのない世界に飛び込んだ時でも、相手がどのような背景を持ったどのような人間であれ、僕にとっては常に過去の経験の再確認でしかなかった。普通なら、細部まで本物に近づけようとしてリサーチを重ねる必要があるだろう。でも人間としての経験は、普遍的なものだと思う。」

「さまざまな異なる文化や家族構成や社会階級に身を置きながら、他人に頼らず自分で切り抜けてきた人間にとって、経験は間違いなく自分の糧になる。自分自身がそうだった」とフクナガは続ける。ジェームズ・ボンドというポップカルチャーの世界に組み込まれたキャラクターの中に、アウトサイダーの側面が見える、と彼は言う。だからこそ、ジェームズ・ボンドの仕事はフクナガにとって魅力的だったのだろう。「僕は人々が求めるものを確実に提供できる。自分のいる世界はいったい何なのだろうかと思いを巡らすボンドの内面的なモノローグだ」と、007のムーディーなアートシアター版とも言える『闇の列車、光の旅』を監督したフクナガは、ジョークを飛ばす。フクナガとしては、追跡シーンやアクションシーンに加え、美しい女性たちが登場する「正統派の」ボンド映画を撮りたかった。そして、ダニエル・クレイグ史上最高のジェームズ・ボンドにしたかったのだ。彼の信条は、常に思い切りやることだった。フクナガ自身が『ノー・タイム・トゥ・ダイ』は完全に個人的な思い入れを込めた作品だと言うのも、映画を見れば100%理解できるはずだ。

「僕の作品に登場する全てのキャラクターは、僕の中では実在の人物なんだ。ボンドは僕が作り出したキャラクターではないが、最終的に彼は僕にとってリアルな存在になったと自信をもって言える」と彼は言う。ただし本当の「最後」は、期待以上のものとなっただろう。

ロンドンでの最初のインタビューが終わりに近づく頃、中国で起きている状況についても話題に上った。2020年2月中旬のことだった。数か月前に中国・武漢の街を封鎖に追い込んだミステリアスなウイルスが、他の都市や国々にも伝染していた。中国市場での興行への影響など動向を見極めているが、全ては計画通りに進んでいるという話だった。しかしフクナガはニュースで見聞きする状況の変化を、少なからず心配しているようだった。それから数週間後、電話での長時間のインタビュー中に「パンデミック」という言葉が飛び交った。フクナガは、成り行きを見守るしかない状況への懸念を深めているようだった。

Translated by Smokva Tokyo

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