清春が語る、ライブエンタメの当事者として感じた違和感

清春



「イベントをやるのは主催者の勝手、被害者は観客」

―確かに。お金を払う方に責任が回ってくる……その違和感はわかります。

そして、「ライブに行きたい」「あの場をなくしたくない」ってファンの人達も思うだろうから、今度はファン同士が会場で色々注意し合うじゃないですか。例えば、声を出す人がいると、その人に向かって「それやると清春さんのライブの場所を守れないよ」って。それって、本来はお金払ってるお客さんがやらなくていいことなんです。考えなくていいと。それはすごく思ったかな。

―確かに。

洋服とか車とか、何かに置き換えるとすごくわかりやすいですよ。車を買った人が、買った以降にサービスを受けられないのは変です。普通は、「買った車が壊れました」ってディーラーに持って行ったら直してくれるじゃないですか。でも今のライブってアフターケアがないどころか、感染の審査をされるんです。そういう変さになぜ気づかないのかな。もちろん僕もライブは全力を尽くすんですよ。けど、これまではそれで“幸せになれた”ってだけで済んでたものが、済まなくなったのが日本のコロナですよね。僕にとってのコロナ問題はそこですかね。

―なるほど。実際、ライブをやれた、ライブが良かった以降の問題は誰もケアしていないですね。

現場ではその論争も起きてる。SNS上で「あの時、騒いだ子達、誰よ?」って書く人もいる一方で、言われた人はなんのこっちゃ?ってわざわざ書かないじゃないですか。で、どっちも間違っていないわけです。なぜならどっちもお金を払っているわけだから。よく言うんですけど、スニーカーを買って、勝手にリメイクして履くのもOKだし、そのまま履く人、どっちも正解なんです。買ってるから。だから僕は、音楽を消すなっていう以前に、チケットを買ってくれる、配信ライブを買ってくれる、グッズを買ってくれる人達がいてこその僕らであるということに立ち帰らないといけないと思っているんです。

―ええ。

今年のフェスでもそうでしたけど、感染対策を完璧にやっていること、国に対してこうなんですよってアピールしているけど、被害にあってるのは観客です。「(客数を)50%にしてやってるから儲からない」って言って、国に「補助金出してください」ってなってるけど、やるのは主催者の勝手なんですよ。フェスじゃなくても、僕のライブでも。そんな中でも来てくれてる人達や、今年は諦めた人達、もしくは50%だからチケット買いたかったけど買えなかった人達もいて、そこはどの会場でも境というか溝ができるんです。

―それがさっきもおっしゃっていた「ファンの人たちの中の差」ですね。確かに、いろんな意味で差とか、溝ができている。

だから、来た人達が楽しかっただけじゃダメじゃんって思うし。しかも、来た人達の中に気分悪い人もいたと思うんですよね。あれをやれ、これはやっちゃダメだって言われたら“チケット買って来てるんだけど”って思うのが普通です。どういうファンであれ、チケットを買ってるお客さんなんですよ。さすがに、ステージに上がり込んできて抱きつくみたいなマナー違反はダメですけど、それぞれみんなモラルがあって、それなりに守っているのに、そこで色々言われちゃうと“チケット買ってるのにな”ってなるんじゃないかな。

―その溝、違和感をどうやって埋めていけばいいんでしょうね。清春さんが一人で考えることじゃないとは思いますが。

それはみんなが気付かなきゃいけなくて。サプライヤーがもっと考えないといけないですよね。“音楽を無くしてはいけない”みたいなことだけが先行しちゃっていると、この国ではあまり力がないと思いますね。

―確かに音楽を止めるなっていうのは、やっている側のある意味エゴだと言えなくもないですもんね。

うん、自己満足です。もちろんそのアーティストのファンの人達には申し訳ないけど。僕は今アーティストとして言ってるんじゃなくて、普通に大人として言うと、関係性としておかしいです。コロナ禍でも全員が来れたらいいですよ。来れない人達がいるし、来れてた人も、やっとの思いで来た人達なんですよね。そこまでまたライブが終わった後も「じゃあ何番から何番の人、帰ってください」とか言われるわけじゃないですか。なんかお客さんに失礼じゃない?って思います。別に終電の時間を見て、混雑をずらしてそれぞれ帰ればいいわけなんで。

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