ビートルズ「Let It Be」の心地よいグルーヴ、鳥居真道が徹底考察



『Let It Be』は当初、ハーフタイムシャッフルでの演奏を試みていたようです。ポールがピアノを弾きながら、口で「チッチチッチチッチチッチ」と言いながら、リンゴに対してハイハットのパターンを指定しているリハーサル音源も残っています。この音源を聴く限りでは、リンゴのリズムがシャープすぎてレイドバックしたポールのピアノとマッチしていない感じがあります。このシャッフルのリズムの片鱗は今回リリースされた『Let It Be SPECIAL EDITION (SUPER DELUXE) 』のディスク2の「Let It Be / Please Please Me / Let It Be (Take 10)」で聴くことができます。ジョージがギター・ソロを弾くタイミングでハイハットの刻みがシャッフルになります。しかしシングルやアルバムで使用されたテイクではこの箇所はイーブンの16分音符でハイハットが刻まれています。結局ドラムのパターンにおいてはハーフタイムシャッフルが採用されることはありませんでした。『Let It Be』のドラムにおけるハーフタイムシャッフル要素は2拍目、4拍目の後半に鳴らされるゴースト・ノートに残っています。

ビートルズは「Let It Be」のデモをアレサ・フランクリンにカバーしてもらうべく彼女の所属するアトランティックに送ったそうです。実際にマッスル・ショールズの腕利きミュージシャンたちとともにレコーディングしています。これが結果的にビートルズの音源よりも前にリリースされるというオチもついています。ちなみにこちらのカバー版はあまりハネていません。

『Let It Be』はビリー・プレストンのオルガンも相まってゴスペルのような雰囲気が漂う曲ですが、カントリー的な響きも感じています。メロディだけを取り出せば、『For Sale』の頃にハーフタイムではないシャッフルのリズムでリンゴがボーカルを取っていてもおかしくおりません。実際ジョン・レノンがリハーサル中にがふざけてカントリーチックなギターの伴奏をつけて「Let It Be」を歌う一幕も音源として残っています。ソウルとカントリーの折衷的な曲想はダン・ペンとスプーナー・オールダム的といえるかもしれません。そういう意味で、アレサにデモ音源を送ったのも頷けます。

他にもクラレンス・カーターやグラディス・ナイト&ザ・ピップス、アイク&ティナ・ターナー、レイ・チャールズといったミュージシャンが「Let It Be」をカバーしています。これらのアレンジを聴くと、ポールが想定していたのはこうしたものだったのではないかという想像してしまいます。グルーヴの不一致がバンドに不和をもたらすという説があります。個人的にこの説はなかなか侮れないと思っています。

『Let It Be』に関連情報として、映画『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』がディズニープラスで11月25日、11月26日、11月27日に配信されます。監督はピーター・ジャクソン。こちら非常に楽しみです。「Let It Be」のアレンジが固まっていく様が見れることを期待しています。



鳥居真道



1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : 
@mushitoka / @TRIPLE_FIRE

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Rolling Stone Japan 編集部

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