映画『リスペクト』、アレサ・フランクリンの楽曲で紡がれる伝記映画

これらはすべて、鑑賞に耐え得るドラマの構成要素である。だが、大事な点を無視してまでフランクリンの才能を掘り下げる一方、ささやかでありながらも実り多い政治関連の情報を添えているときの『リスペクト』——ひいてはハドソン——は最高だ。フェイム・スタジオのシーンは同作屈指の名シーンである。南部の昔ながらの白人男性といったアラバマ州のミュージシャンでいっぱいのバックバンドは、当初はフランクリンとのコラボレーションにやや無関心だった。テッドを介して当たり障りのない曲として始まる曲は、フランクリンとフェイム・スタジオの白人ミュージシャンの融合によって何かに変わる。これは、ジャムセッションのシーンである。物語の筋という観点から見ると、(ストーリーの大事な点はさておき)このコラボレーションはアレサ本人が2013年のマッスル・ショールズのドキュメンタリーで述べたように、レジェンドのキャリアの転機だった。これは、伝記映画によくあるハイライトのなかでもまっすぐに響く高得点要素である。

だが、化学反応となると問題は別だ。こうした才能あふれるプロたちが何かに向かって前進し、何かのために表現しようと取り組む姿は、徐々にグルーヴと相互の敬意を見出す。フランクリンと仲間たちのプロセスは、アーティストとしての「姿勢」ないし「洞察」のようなものをもたらしてくれる。

ちなみに、名もなき例の曲は、フランクリンが世に放った鮮やかでファンキーな数々のヒット曲の第1弾として知られる「貴方だけを愛して(原題: I Never Loved a Man (The Way I Love You))」として開花する。レコーディングのシーンは、姉アーマ(セイコン・セングロー)と妹キャロリン(ヘイリー・キルゴア)、さらにはフェイム・スタジオの面々が登場する、時代を超えて愛される「エイント・ノー・ウェイ」(妹キャロリンが作曲)のよく似たシーンに勝るとはいわないまでも、見事に呼応している。巧みなディレクションと編集のおかげで、これらのシーンはちょうど良いタイミングで程よい分量の言外の意味を観客に提供する。それは、音楽を通じて障害 (主に夫テッド)を乗り越えようと奮闘するフランクリンの姿でもあるのだ。アレサが「自分以外の何者かになろうとしないで」と伸びやかに歌い上げる様子を見守るテッドの表情は、このセリフに込められた以上のドラマ性とともにロングショットで撮影されている。実際、フランクリンは心の底からそう思っていたため、テッドをはじめとする誰もが気づかずにはいられなかったのだ。


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当然ながら、続くフランクリンの歌唱シーンは、アカデミー賞受賞歴を誇るハドソンがこの役にふさわしいことを証明してくれる。物語の観点から見ると、フランクリンというキャラクターの生涯をたどるという明確な理由があるにもかかわらず、ときにはこのキャラクターの使い方に迷っているかのようだ。だが、歌唱シーン(アレサと姉妹が午前3時にオーティス・レディングの名曲をセッションするシーンも秀逸)を演じるにあたって口パクなしの生演奏で挑んだハドソンは、キャリア屈指のパフォーマンスを披露している。だが、これは目新しい情報ではない。こうしたチャレンジに取り組みながらもドラマチックなシーンを演じてきたハドソンが生まれながらの役者であることはこれまでに何度も証明されてきたのだから。これもまた、たとえ『リスペクト』がフランクリンの楽曲を十分に探求していないとしても、そして使用されている楽曲が物語の筋と過剰に重なるような印象を与えるとしても、同作がフランクリンの楽曲を寛大に使用したメリットである。重要なのは、ハドソンの歌声がアレサに似ているかどうかでもなければ、単なるモノマネを披露しようとしているかどうかでもない。大切なのは、アレサの音色に近づく方法を模索しつつもハドソン本人が異なる自身のスタイルを抑制し、映画ないし楽曲の本当の意味を教えてくれるルーツや感情を掘り下げるアプローチだ。

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『リスペクト』が「アメイジング・グレース」とともに終わるのも納得できる。聖歌隊の指揮を務めたジェームズ・クリーヴランド師(タイタス・バージェス)のもと、カリフォルニア州ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプテスト教会で1月に行われた歴史的なライブだ。クリーヴランド師の南カリフォルニア・コミュニティ・コーラスは、単なるバックミュージシャンの集団ではない。「アメイジング・グレース」そのものにも、ハドソンのパフォーマンスにふさわしい神聖なオーラが宿っている。そこまでの道のりはいささか長く、映画のテーマのように興奮に満ちたものでもなければ、危険で複雑なものでもない。それに、アンジェラ・デイヴィスへの敬意やキング牧師を崇拝する非暴力主義者の父への反抗によって生じるイデオロギー危機など、フランクリンの政治生活は、劇中のソウルの女王が描かれている以上に奥深い人物であることを教えてくれる。だが、フランクリンの死から約2年後に公開された同作は、彼女の楽曲がいまも私たちを感動させる理由(たとえ映画バージョンでさえ)を教えてくれる確固たる杯のような存在である。アーティストとしてのフランクリンの功績は計り知れない。人物像に関しては、映画を見はじめたときよりも私たちは彼女をより豊かで、より身近な存在として感じるだろう。映画そのものを吹き飛ばしてしまうかのようにパワフルな音楽に身を任せてみるのも手だ。


リスペクト
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J. ブライジ
監督:リーズル・トミー 
脚本:トレイシー・スコット・ウィルソン
原題:RESPECT
配給:ギャガ

From Rolling Stone US.

Translated by Shoko Natori

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