ディアンジェロ『Voodoo』を支えた鬼才エンジニアが語る、アナログの魔法とBBNGへの共感

左からラッセル・エレヴァード、バッドバッドノットグッド

ディアンジェロ『Voodoo』、エリカ・バドゥ『Mama‘sGun』、コモン『Like Water for Chocolate』、ザ・ルーツ『Things Fall Apart』、RHファクター『Hard Groove』。ソウルクエリアンズと呼ばれた集団が2000年前後に生み出したこれらの作品は、後の音楽シーンに大きな影響を与えた。ここでの作編曲や演奏などにおけるアイデアは、今でも多くのアーティストたちを刺激し続けている。

一連の作品に携わっていた影のキーマンが、エンジニア兼プロデューサーのラッセル・エレヴァード(Russell Elevado)。ヴィンテージ機材マニアで偏執的なこだわりを持つ彼は、Pro Toolsによるポスト・プロダクションが音楽メディアでも取り沙汰され、デジタル・レコーディングによる革新的なサウンドが話題になっていた時代に、1970年にジミ・ヘンドリックスが設立したエレクトリック・レディ・スタジオを拠点とし、アナログ機材とテープ・レコーディングを駆使して独自のサウンドを生み出していた。上記の名作群、とりわけ『Voodoo』はラッセルの存在なくしては生まれなかったに違いない。まさしく歴史的偉業である。

そんなラッセルはディアンジェロの復活作『Black Messiah』を経て、近年、カマシ・ワシントン『Heaven And Earth』、トム・ミッシュ&ユセフ・デイズ 『What Kinda Music』、ジョン・バティステ『WE ARE』といったジャズ周辺の傑作で、ミックス・エンジニアとして素晴らしい手腕を披露している。バッドバッドノットグッド(以下、BBNG)もまた、最新作『Talk Memory』でミキサーとしてラッセルを指名。いずれの作品もアナログ機材を駆使したレコーディングを行っており。DAWでの音作りが全盛のなか、ラッセルが再び求められているのはなぜか。その理由を確かめるべく、ここに独占インタビューが実現。BBNGとのエピソードに加えて、ディアンジェロと過ごした記憶やエンジニアとしての哲学、アナログへの愛情について語ってもらった。

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『Voodoo』のレコーディング風景、ラッセル・エレヴァードが撮影


―BBNGから『Talk Memory』の音源が送られてきたときの第一印象は?

ラッセル:最初に聴いた曲は、アトモスフェリックに始まる「Signal from the Noise」。映画のサウンドトラックを聴いているような感じだった。実は、この仕事の依頼が来るまでBBNGのことは知らなくてね。でも、彼らのカタログを聴いてみたら素晴らしい音楽だったし、なぜ自分のところに依頼が来たのかがわかったよ。私ならこの音源を、さらに強烈ですごいものにできると確信したんだ。



―ミックスに関して、BBNGからはどんな要望があったのでしょうか?

ラッセル:最初は音楽から聴き取って、私なりにどんなことができるのか考えてほしいと言われた。そして、バンドが参考にしていた音楽のリストを送ってくれた。そのリストには、マイルス・デイヴィスからジョン・コルトレーン、ディアンジェロなどが含まれていたから、彼らとは上手く仕事ができるだろうと思ったよ。

そういうわけで、具体的な要望は特になかったんだ。実際に何曲かミックスしてみて、私なりの方向性はだいたい見えてきていた。でも、最初のうちにミックスした何曲かについては、私がクリエイティブになりすぎたみたいで(笑)、元々の音源に近い感じに直す必要があった。おそらくBBNGは、レコーディングしていた時の状態になるべく近い音にしたかったんだと思う。つまり私のミックスからは、バンドがスタジオで演奏しているときの感覚が損なわれてしまっていたんだ。だから自分のアプローチを少し修正して、彼らの要望に合うようにした。こういうのはよくあることでね。私の方向性やアプローチを聴いて、少し戻してほしいという人もいれば、もっと推し進めてほしいという人もいる。最初に方向性やアプローチを強めに出して、アーティストに確認してもらってから、元の状態に戻していく方が自分にとっては簡単なんだ。

―『Talk Memory』はジャズの要素が強いアルバムです。ジャズのようなセッションを、あなたらしくミックスする際に心がけていることは?

ラッセル:特に決まったやり方があるというわけではないかな。アーティストと初めて仕事をするときはルールを設けず、なるべく自由な形で仕事をするようにしている。ただ毎回、アーティストの頭の中を理解しようというのは意識しているね。だから、制作中にパーソナルな質問をすることもある。必ず聞くのは、どんなアーティストに影響を受けてきたかということ。「18歳の頃は誰を聴いていた?」とか「あなたにとってのトップ3アーティストは?」という質問はいつもしているね。そういうことを聞いて、アーティストの好みを探るんだ。あとは今までの作品を聴いてみたり、事前にリサーチして、アーティストの嗜好や姿勢、そして求めていることなどを必ず理解しようと心がけているよ。


ディアンジェロ楽曲を例に、ラッセルがスタジオワークを解説している動画


ラッセル・エレヴァードが携わった楽曲のプレイリスト、筆者・柳樂光隆が選曲

―『Talk Memory』に近い質感のサウンドをもつ作品を挙げるとしたら?

ラッセル:ミックスしている時に感じたのは、ウェザー・リポートの影響。ベース奏者にはジャコ(・パストリアス)、サックス奏者からはウェイン・ショーターの影響が感じられたからね。ドラムに関しては、現代的なドラミングと、エルヴィン・ジョーンズみたいにオールドスクールの要素が融合したような感じ。現代のドラマーはとても早い演奏をするから、エルヴィン・ジョーンズよりも少しコントロールが効いているかもしれない。でも、音に関してはエルヴィン・ジョーンズのようなエネルギーとインパクトもあると思う。BBNGの音楽からは、1969年~1973年くらいまでのジャズ・フュージョンの時代からの影響が感じられる。私もその時代の音楽が大好きだから嬉しかったよ。

それと、ECMからリリースされていた音楽と似たような質感もあると思う。ECMのアルバムには特殊なサウンドや雰囲気があったからね。

―あなたからECMの名前が挙がるのは意外です。

ラッセル:デイヴ・ホランドがECMから出している作品や、ジョン・アバークロンビーの作品にも大きな影響を受けている。デイヴ・ホランドとジョン・アバークロンビーは一緒に『Gateway』(ジャック・ディジョネットも交えた1976年のトリオ作)を制作してるよね。


Translated by Emi Aoki

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