ディアンジェロと当事者が明かす、『Voodoo』完成までの物語

ディアンジェロ(Photo by Paul Natkin/Getty Images)


グルーヴの秘密、プリンスへの憧憬

ローアーマンハッタンの8thストリートにジミ・ヘンドリックスが建てたスタジオ、エレクトリック・レディでは毎日が午後4時頃に始まった。この時間にディアンジェロ、クエストラヴ、そして何年もかけてアルバムの進捗に関わってきた人々が集まっていた。重要な影響源となったのは、スラム・ヴィレッジのジェイ・ディー(J・ディラ)だった。「彼は俺たちにとってヒップホップの頂点に位置する存在だ」とクエストラヴは言う。ジェイ・ディーのおかげで、このアルバム特有の耳に引っ掛かるサウンド、つっかかったような出だしやクオンタイズドなしのサウンドがもたらされた(Dの用語では、「クオンタイズド」とはリズムが完璧になっていること。一方、「スラム(Slum)する」とは、クエストラヴの説明では「感覚を完全に引きずりながら、完全にクオンタイズドにするアートのこと。つまり、音楽上は、酩酊とシラフが同時なわけだ。そいつを『ジェイ(Jay)する』とも言う」)。

夕方4時から夜の7時まで、クルーはその日のお宝を見たり、食事をしたりした。そのあと、彼らはレコーダーのスイッチを入れ、ヨーダ的な人物のアルバム一枚あるいは全カタログをかけ始める。1996年に、影響の大きな部分を占めたのはプリンスだった。97年はジミと牧師のアル・グリーン、98年はマーヴィン・ゲイとジョージ・クリントン、99年はジェームスとナイジェリアのスター、フェラ・クティだった。彼らはジャムセッションをおこない、インスパイアされたグルーヴのなりゆきを見守った。ある晩、彼らはプリンスの『Parade』をかけた。やがて、それが新たなグルーヴを注ぎ込まれて「Africa」となった。




午前1時、彼らは休憩に入り、6番街に面した、極端なまでに時流に乗らず、怪しげなウェイヴァリーダイナーで食事をとる。「人生の驚異のひとつが」とクエストラヴ。「卵をしこたま、それに七面鳥のベーコンを5キロも食べられたようなやつが、『Untitled』(のMV)にあわせて体型を調整できたってことだな。そんな並外れた能力を持つ者でも、96年にはどう見ても太りすぎていた。そこで、鬼軍曹(身体トレーナーのマーク・ジェンキンス)があてがわれた。こいつがハンパじゃなかった。俺にはDがセントラルパークを走ってる姿なんて想像できないけど、あいつは走ってたんだ。雨が降ればパーカーを着込んでね。腕立て伏せ、ウェイトルーム、スパーリングで毎日3時間。彼はハンパなことをさせなかった(ジェンキンスはメアリー・J・ブライジやジョニー・コクランのトレーニングを担当。Dのツアーにも同行し、週に3、4時間のワークアウトで彼を補助した)」。

一団がウェイヴァリーから戻ってくるのは午前2時頃で、その日のお宝をもう一度観てから新曲に取りかかり、だいたい4時半から5時半までつづける。それから、Dが何人かレンジローバー4.6で家まで送る。このペースで、彼らは120時間分のオリジナル曲を作り上げたが、大衆の耳にはまだ届いていない。

「このレコードへの最大の影響源は」とクエストクラヴが言う。「スタジオに一度も来ることがなかった人物。プリンスだ。完成してから大分あとに、Dと俺で腰を落ち着けて、『Voodoo』を聴くことがあった。これはプリンスのオーディションに出すテープだったということで二人とも納得した。このアルバムは、俺たちに彼とコラボできる力があるのを証明するために作られたのだと思う。俺たちには彼に必要なものがわかっていたなんて言うのは出すぎたまねだとしても、とにかく俺たちは彼と曲を作りたかった」

「俺は彼の次の曲を共同プロデュースしたいと本気で思っている」とDは言う。「俺とアミール(クエストラヴ)は、自分たちの名義なんてなくていい。偽名で十分だ。オーディションと言ったのはそういうこと。俺たちは彼の次の曲を作りたくてたまらないんだ」

Translated by Masaaki Kobayashi

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