ディアンジェロと当事者が明かす、『Voodoo』完成までの物語

Dを支えた音楽集団

舞台はLAに戻る。ショウが始まって2時間が過ぎ、会場は大盛り上がりだ。われわれはスムースなソウルから、ずっしりとしたファンクへ、さらにペンテコステ教会へと誘われてきた。その間、音楽は息を飲むばかりの攻めの一手で、グルーヴは変化し続け、一瞬も止まることはない。5年前、『Brown Sugar』ツアー中のDは、内気な21歳のヴァージニア出身のカントリーボーイで、ステージではキーボードの影に隠れていた。それが今や、自信に満ち、世知に長けた、二児(3歳の息子マイケル・ディアンジェロ・アーチャー2世と、5カ月の娘イマーニ・マイケル・ミシェル)の父にして、ソウルミュージックの歴史学者なのだ。今、彼がステージ上で生き生きしているのは当然だ。踊り、観客に触れ、たたきつけるようにマイクを置いたり、ステージのへりで床に寝転がりながら「One Mo’ Gin」を歌うと、女の子たちが彼の脚やお腹や股間をつかむ。彼は音楽界のヴィンス・カーターであり、ランディ・モスなのだ。若きアイコンで、才能に満ち溢れ、目を見張るほど華々しく、殿堂入りに向かってキャリアを進めている。

最初のアンコールでステージに戻ってきた彼は、身体にぴったり張り付いた黒のタンクトップ姿で、声を張り上げる。「俺の味方は世界最強のバンド、ザ・ソウルトロニクス!」。それは彼の言う通りだ。13人編成のソウルトロニクスは、ジャズ、ソウル、チャーチといった世界から、彼が寄せ集めた人たちで作り上げたバンドで、通常のバックバンドの何光年先をいっている。キーボードはジェイムス・ポイザー。彼は『The Miseducation of Lauryn Hill』の副操縦士を務めた。ベーシストのピノ・パラディーノは、B.B.キングのサイドを務めたあとにここに来て(彼はステイプル・シンガーズ、フィル・コリンズ、エルトン・ジョン、エリック・クラプトンとも共演している)、クエストラヴが言うには「モータウンの伝説的なベースの神様、ジェームス・ジェマーソンと張り合うことのできる現役3人のうちのひとり」だ。トランペッターのロイ・ハーグローヴとラッセル・ガンはジャズ界の若手スターで、ウィントン・マルサリスともプレイしている。トロンボーンのクウンバ・フランク・レイシーは、アート・ブレイキーとも演奏し、物理学の学位を持っている。バックシンガーも見事な経歴の持ち主たちだ。アンソニー・ハミルトンはSoulife Recordingsとレコード契約を結んでいるし、シェルビー・ジョンソンはミュージカル『RENT』の参加へ4度目の声がかけられた時、Dとのツアーのほうを選んだのだった。


ディアンジェロ&ザ・ソウルトロニクス、スラム・ヴィレッジ(ジェイ・ディー)「Fall In Love」を演奏している2000年のライブ音源

「私のヴォーカリスト仲間の多くが、このギグにはしり込みした」とシェルビーは言う。「なぜなら、彼の曲を歌うにはかなり骨が折れるから。でも、彼は1レベル上に引き上げてくれるし、積極的に仕事にのぞめば、より一層優れたミュージシャンにしてくれる。Dの理解に務めたことで、自分の良さも増した」

ザ・ソウルトロニクスは全員黒づくめで毎回のショウを始める。ただし、その要件ひとつを満たしているだけで、それぞれがはっきりと異なって見える。ある者は法服をまとい、またある者は、FBIと文字が並ぶニットのスキーキャップに長いケープだ。羽毛のボアが一人、いかめしい皮のコートが二、三人に、 強大なアフロのクエストラヴがいる。ソウルトロニクスの外見には、Pファンクっぽいフリーキーなセンスがある。

「初めの頃は訊ねてばかりいた。『私たちは何を着たらいい?』って」とシェルビーは言う。「すると、Dはこう言い続けた。『ありのままで』 。私たちを、私たちのままで、特別な存在にしてしまうことを十分に請け負うアーティストは珍しい。私がステージに上がって、自分で感じたいように感じて、自分の服と自分の靴を身につけていれば、あとは彼が私の最良の部分を引き出してくれる」

Translated by Masaaki Kobayashi

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