ディアンジェロと当事者が明かす、『Voodoo』完成までの物語

アーティストとエンターテイナーの格闘

マイクことディアンジェロは16歳でアポロ劇場のアマチュア・ナイト出演を果たした。歌ったのはピーボ・ブライソンの「Feel the Fire」。ただ、観客には曲が始まる前から彼がアガっているのがわかった。「出番が来る前からブーイングを浴びたよ」。彼は第4位につけた。

その翌年、彼はアポロに戻った。「ジョニー・ギルの『Rub You the Right Way』を演った。俺は踊ったり、スプリッツ(尻が床に着くまで両脚を広げること)したりしてみせた。俺は超エネルギッシュだった。萎縮なんてしてなかった」

「優勝と言われて、俺はすべてから解放された」と彼は続ける。「永遠にタレント・ショウに出続けてきて、あれこそが、いわばザ・タレント・ショウだったから。俺が解放され、うちの家族が解放され、兄が通路を駆け抜けてゆき、いとこたちは跳んだり跳ねたりした。俺たちはバスに戻ると、そのままリッチモンドに戻った。みんな寝た。一方、俺はずっと起きていた。タバコを吸っていた。そのときから吸い始めたんだ。タバコはくすねていた。俺は窓を少しだけ開けておいた。そこで、窓から戸外をながめながら、あらゆることについて考えた。俺は手にいれた500ドルの賞金で4トラック(レコーダー)を買い、曲を書き始めた。アルバムを作りたかった」。そうして彼が音楽専用の小部屋にこもって、作曲し、レコーディングした曲の大半で構成されたのが『Brown Sugar』だ。2年後に彼はレコード契約を交わした。



真夜中の0時5分過ぎ、LAでは聴衆が声をあわせて叫び出した。「脱ーげ! 脱—げ!」。その声に抗うD。だが、15分後には、身体に張りついた黒いタンクトップを脱ぎ捨て、ステージに現れた彼は、ずり落ちそうな黒い革のパンツとブーツ以外何も身に着けていなかった。ズボンも、ボクサーパンツも、ブリーフも、ベルトも身に着けていない。彼は美味しそうな卑猥なものみたいな唇を通して「Untitled」を歌っている。それは彼のお尻の割れ目、むき出しのヒップ、ウエスト、陰毛の繁み以上のものを与えてくれる。そして、深みのあるグルーヴは、彼の胴体を大腿部から切り離す。「ディアンジェロ・ナックルズ」として知られるようになっていたグルーヴだ。ソプラノの悲鳴が固い壁になって立ち上がる。これはショウでもっとも刺激的な瞬間だ。だが、Dは納得していない。

「気分はいいよ、実際に演ってるときはね」Dは後ほどこう話す。「でも、それがすべてだってことにはなってほしくはない。音楽や演奏から気を逸らさせたくはない」。彼の話では一、二度、女性たちからドル紙幣が投げつけられ、抱きつかれたことがあったという。自分は中学の頃はぽっちゃりした子供で、9学年で16キロ痩せたものの、『Brown Sugar』ツアー中にまたぽっちゃりしてしまった、と彼は言う。彼はこの4年間厳しいワークアウトで肉体を改造し、ヴィデオを撮った。それが引き金となって、聴衆は裸を求めた。だが、彼の中のアーティストは、身体を見せることを喜んではいない。ミュージシャンであり、エンターテイナーである意味について彼は苦悩している。

「彼があれをやるのは女性たちが求めているからだ」とクエストラヴは言う。「まあ、実際にはやりたがってないけどね。俺たちが力を入れるのはバランスのとれたショウを見てもらうための準備だ。彼はステージに出て行って、女性が毎日扱われているのと同じように女性に扱われる。いいカラダしてる、みたいな」。Dも同意見だ。「時々、気分が悪くなる。ステージに立って、自分の曲を演ろうとしているのに、みんなが『脱ーげ!、脱—げ!』ってなるんだから。俺はストリッパーじゃない。俺があの場所でやってるのは、自分が強く信じていることだから」

もうじき0時30分。バンドはずっとタイトなグルーヴを繰り出している。ステージ中央では、アーティストとエンターテイナーの格闘が(Dにとって、それはまるで善と悪だが)頂点に達する。もうほとんど彼の姿を見ていられない。ほとんど裸だ。ただどういうわけか、その格闘のことが頭から離れない。バンドはそのままグルーヴを繰り出している。そして、Dは踊り続けている。銀色のボタンをひとつ外すだけで丸裸だ。これはプリンスが『Dirty Mind』でビキニパンツ姿をさらけだしたとき以来、もっとも淫靡な思わせぶりだ。

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From Rolling Stone US.

Translated by Masaaki Kobayashi

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