岡村靖幸『yellow』、当時のプロモーターと未だ得体の知れない才能について語る

岡村靖幸



西岡:彼がライブをやる度に自分の中で軌道修正を加えながら、いろいろなものをインプットしながらどんどん変わっていった形。でも、当時よく踊ってたよな?

福田:踊ってましたね。あちこちで。

田家:福田さんは北海道のディスコとか一緒に行かれているんでしょ?

福田:そうそう(笑)。顔見世興行の最初のキャンペーンの時にご飯を食べて、彼が「ディスコに行きたいんです」って言って。当時、かなり盛況だったマハラジャにマネージャーと3人で行って。ちょっとしたら彼も勝手にフロアに行くんですね。で、すごくガタイもいいし、背も高いし、ああいう誰もできない踊りをガンガンやるわけですよ。1曲終わるか終わらないかのうちにもう囲まれているというか。三重、四重の輪がそこにできている。サタデーナイトフィーバーじゃないですけど、彼がマハラジャのスターみたいな感じになっていて、マネージャーと2人でそれをボーッと見てた(笑)。

田家:「Young oh! oh!」は1987年の5月に、3月にアルバムが出た後にシングルになっているんですよね。

西岡:そうですね。1曲目「Out of Blue」で、「Check out love」に行って、それでやっぱりいよいよ満を持してなんか出したいよねっていう記憶があるんだよね。

田家:で、この番組は関西を中心に流れているわけで、「Young oh! oh!」というタイトルで、テレビ番組を当然誰もが思い浮かべていらっしゃると思うんですけども。これはやっぱり、あの番組のことを歌っているんでしょ?

西岡:どうですかね。そんな気もしたんですけれども、そこちゃんと訊いてなかったな。

田家:いろいろ調べていたらね、当時のインタビューの中にテレビ番組の好きなものっていうのがあって、『8時だョ! 全員集合』とか、『ベストテン』。そして『ヤング おー! おー!』っていうのがありましたよ、ちゃんと(笑)。

西岡:じゃあ、神戸の頃観てたんだ(笑)。

田家:生まれが神戸ですもんね。この曲はシングルチャート47位だった。

西岡:最初のうちは苦戦ということでもないんだけど、当時のEPICって意外とチャートをあまり気にしなかったというのもありまして。だから、当時、丸山さんに言われていたのは「ライブだけしっかりやっておけ」と。ライブをやれば、ちゃんとお客さんもついてくるし、売上もどんどん上っていくんで、オリコンのチャートとかそんなのは関係ないよっていうようなEPICでしたね。

田家:この曲は言葉のグルーヴって言うんでしょうかね。やっぱり岡村さんらしい、畳み掛けるような日本語英語と言いますか。

西岡:そうですね。

福田:そうです、そうです。

Rolling Stone Japan 編集部

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