岡村靖幸『yellow』、当時のプロモーターと未だ得体の知れない才能について語る

岡村靖幸





田家:1stアルバム『yellow』から西岡さんが選ばれた6曲目「彼女はScience Teacher」。

西岡:これも岡村くん節だよね。「RAIN」の次に入っているんですけど、急にここでふと我に返るみたいな曲かもしれないですね。

田家:アルバムのミュージシャンを見てみたら、ギターに佐橋佳幸さん、北島健二さん、ドラムにハートランドの古田たかしさん、青山純さんとか。割とロック系の人が入ったりもしているわけですよね。

西岡:佐橋くんは美里のバックもずっとやってましたし、その前はEPICでUGUISSというグルーブでデビューしてますので、彼は本当に上手いギタリストだし、そういう人に支えられて。彼も小坂ファミリーですね。

田家:アルバムのミックスダウンはパワーステーション、ニューヨークでやったという。

西岡:そうかもしれないですね。当時は贅沢でしたから(笑)。

田家:そこには西岡さんはいらしてない?

西岡:さすがに僕は入ってなかったですね。たぶん制作スタッフだけで行ったと思います。

田家:ちょうどパワーステーションでミックスダウンがある時に、尾崎豊さんがニューヨークに滞在していて、ニューヨークで会ったという話もありました。

西岡:ありましたね。仲良かったし、吉川晃司くんとあの3人組でよく飲んでたみたいです。

田家:『PATi・PATi』という音楽雑誌はチェッカーズと尾崎豊とBOOWYで最初の1年を回して、そこに岡村さんも割と重要な登場人物になってましたからね。

西岡:この前、吉田好見に会った時に話したんだけど、やっぱり岡村くんを表紙にしたかったんだけど1回もしなかったですけどってね。

田家:あ、表紙には1回もならなかったんだ。

西岡:1回もなってないって言ってました。それは随分リクエストがあって、自分たちもここだけの話、雑誌が売れない時期があるとすれば、その時に岡村くんを使っちゃおうかって話もしていたらしいんですよ。

田家:吉田好見さんは最初はEPICの担当のプロモーターで、その後ソニー・マガジンズに行って、『PATi・PATi』の副編になりましたよね。

西岡:表紙にしようと思ったんだけど、タイミングを逃したって言ってました。

田家:それはなんでなんだろう。

西岡:これは編集長の吾郷さんに訊いてみなきゃ分からないけど、タイミングを逃しちゃったって感じじゃないですかね。

田家:吾郷さんはチェッカーズがやりたくて『PATi・PATi』を始めた人ですから。ああいうアイドル青年、かわいい子が好きだったんでしょう(笑)。

西岡:そういう意味ではエッジのきいたヤツはっていう感じもあったかもしれないですね。

Rolling Stone Japan 編集部

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