ザ・ビートルズ解散劇の裏側 メンバー4人の証言と映画『Get Back』が伝える新発見

これまでの評判を覆すチームワーク

ルーフトップ・コンサートが終わりに近づくと、メンバーの間には安堵感が漂った。「ありがとう、モー!」とポールが、傍らでバンドを盛り上げてくれていたリンゴの当時の妻モーリーンに声をかける。かつてのようなファンの女の子の歓声が、今こそ必要だった。21日間のカオスが、56時間分の映像フィルムと200時間の音声テープに収められた。しかし当時の彼らには、膨大な量の記録を見返す忍耐力がなかった。ジョンも「やり切る気力が起きなかった。当時は全員がひどい状態だった」と認めている。

映画『レット・イット・ビー』は短期間だけビデオソフトとして販売され、以降は幻の作品となった。筆者は80年代に、ボストンでの深夜上映で鑑賞した。観客は、オノ・ヨーコがスクリーンに現れるたびにブーイングを浴びせていた。画質が粗く、安っぽく見えた。スクリーンの中も客席も、最悪の雰囲気だった。さらにフィル・スペクターがミックスしたアルバムは、ビートルズの栄光の軌跡に対する的外れな最終章のようだ。解散の1年以上前にレコーディングされ、『Abbey Road』という大ヒット作の後にリリースされた『Let It Be』は、崩壊していくバンドを記録したロックンロール版のザプルーダー・フィルム(訳註:ケネディ大統領暗殺の瞬間を捉えた映像)のようだ。『Let It Be』は、図らずもビートルズの墓碑となった。映画作品の方は早々に映画館から撤退してしまったため、1970年以降は映像をほとんど目にできなかった。ファンの多くは、映像作品『アンソロジー』に収められた、ギターパートを巡りジョージとポールが口論する有名なシーンを垣間見た程度だろう。初めて見た人々に、これほどまでに分析され、あらゆる解釈をされた映像作品は他にない。

1970年6月、ジョンとヨーコもついにサンフランシスコで作品を鑑賞した。映画館には、ローリングストーン誌創刊者のヤン・ウェナーと妻のジェーンも同行した。4人は入り口でチケットを購入し、誰にも気付かれることなく昼興行のガラガラの映画館に入場した。「自分たちでチケットを買って席に着いた。客の誰にも気付かれなかったと思う。平日午後の回で、空いていた。だから我々4人は真ん中に陣取って、ビートルズの最後の姿を鑑賞した」と、ウェナーは数年後に振り返った。ジョンは涙を隠そうともしなかったという。「映画館を出て、4人でハグをして、悲しみを分かち合った」

映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作や第一次世界大戦をテーマにした『彼らは生きていた』の監督として有名なピーター・ジャクソンが、ゲット・バック・プロジェクト時に撮影された膨大な映像を編集し、Disney+向けのドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』を完成させた。作品は2021年に公開される。「彼らについて知っていたつもりの知識が、全て覆された」というジャクソン監督の映画は、『レット・イット・ビー』の単なるリメイクではなく完全に新しい作品として仕上げたという。ポールとリンゴが、映画『レット・イット・ビー』は自分たちのネガティブな面しか伝えていない、と言うのも間違いではなかった。

ジャクソン監督の『Get Back』からは、バンドの温かさとチームワークの良さが伝わってくる。ジョンとポールがアコースティックギターで「Two of Us」を演奏しながら、ジョンが「オブラディ、オブラダ」と歌い出してポールを大笑いさせる。「She Came in Through the Bathroom Window」では、ポールのリードヴォーカルの合間にジョンが後ろで「仕事しろ!」と叫ぶ。1965年の懐かしの「Help!」に半ば冗談で挑戦してみるものの、当然ながら大人の絶望を味わうことになる。後にジョンのソロアルバム『Imagine』に収録されることとなる「Gimme Some Truth」をジョンとポールで試してみるなど、『Abbey Road』やそれぞれのソロアルバムに収録されることとなる楽曲が仕上がっていく様子も、見ることができる。いたずらっ子のような表情、アイコンタクト、息の合った演奏など、これまで言われてきた評判からは想像もつかないような、ビートルズのチームスピリットが感じられる。


ゲット・バック・プロジェクトの1シーン。ビートルズのメンバーは、いつもの使い慣れたアビイ・ロード・スタジオではなく、トゥイッケナム撮影所に缶詰にされた。(Photo by Ethan A. Russell / © Apple Corps Ltd.)

ジャクソンに映画制作の依頼が来た時、彼は自分に務まるかどうか迷ったという。「長年のビートルズファンとしては、特に心待ちにしていたプロジェクトではなかった」と彼は言う。「“これまで我々が目にできた映像が、メンバーが望んで公開していたものだとしたら、未公開の55時間分の映像はどう扱うべきだろうか?”と考えた。ミーティングへ出向いた時には足が重かった。喜ぶべき状況だろうが、これから自分が何を目にするかを考えると、不安で仕方がなかった」

多くのファンがそうであったように、ジャクソンもまた映画『レット・イット・ビー』とバンドの苦しい時期とを結びつけていた。「解散を前提に撮影されていたものではなく、14カ月も前の映像だとわかっていても、バンドが既に分裂した1970年5月に映画館へ行けば、ファンは明らかに特別な目で作品を見てしまうものだ。だから『レット・イット・ビー』は、解散の映画だと思われているのだと思う。しかし実際は全く異なる」

もちろんポールとリンゴは、ゲット・バック・セッション中もメンバーの間には笑いがあった、と主張した。しかし映画に採用されたのは彼らの証言のみで、実際の和やかな場面は映像化されなかった。本当はどうだったのか。一般に言われていた噂は間違いなのだろうか。リアリティー番組の憎まれ役が必ず言うように、「編集でそう見えるだけ」なのか?

Translated by Smokva Tokyo

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