マカヤ・マクレイヴン、現代ジャズの最高峰が語るブルーノートの新しい解釈

マカヤ・マクレイヴン(Photo by Nolis Anderson)

シカゴを拠点に活動するドラマーのマカヤ・マクレイヴンは不思議な存在だった。オーセンティックなジャズとはもちろん違うし、ハイブリッドなアーティストと比較してもNYやLAのシーンの傾向とも異なっていた。ここ10年で頭角を現したミュージシャンの中でも特にマッピングしにくい音楽をやっていたのがマカヤだった。シカゴ、NY、LA、ロンドンと様々な場所で、そのシーンのミュージシャンと交流しながら活動をし、その成果をアルバム『Universal Being』(2018年)に持ち込み、高い評価を得たのも記憶に新しい。

マカヤの最新作である『Deciphering the Message』はギル・スコット・ヘロンのトリビュート盤『We’re New Again』に続き、マカヤがリリースする二つ目のカヴァー/リミックス集。しかも、今回はジャズの名門ブルーノートの音源を扱っている。

これまでにジャズやレアグルーヴ系のカヴァー/リミックス集はかなりリリースされているが、ブルーノートにまつわる作品は特に多く、そこにはいくつかの傾向が見られる。21世紀以降のミュージシャンはハービー・ハンコックやウェイン・ショーター、セロニアス・モンクなど現代ジャズのルーツになった楽曲を好み、DJ/ビートメイカーならドナルド・バードやロニー・スミス、ボビー・ハンフリーなど、90年代以降にヒップホップにサンプリングされた作品群を取り上げてきた。ほかにも、80年代にロンドンのクラブ・シーンで人気のあった高速のアフロキューバンやハードバップ、もしくはジャズリスナーなら誰でも知っている大名曲といったふうに、ブルーノート関連のカヴァー/リミックス集で取り上げられる楽曲は割と容易に分類が可能だった。

しかし、今回、マカヤはそういった過去の傾向とは全く異なるものを提示している。マカヤがサンプリングしたのは全て原曲が1953年〜1969年に録音された音源だが、これまでにサンプリングされたイメージがないような曲ばかりだ。それらを巧みに切り取り、編集しつつ、自身がこれまで実践してきた生演奏とプロダクションの垣根を無効化するような試みを更に一歩進めている。

その一方で、ここにはブルーノートの傑作群から聴こえてきていた演奏や楽曲と同質の魅力が収められているし、そのザラッとしたサウンドの質感は、名匠ルディ・ヴァン・ゲルダーが録っていたブルーノートの音質を思い起こさせるもの。『Deciphering the Message』のアートワークが、リード・マイルスが手掛けてきたタイポグラフィへのオマージュであることも明白だ。そして、本作にゲストで参加しているジョエル・ロスやジェフ・パーカー、マーキス・ヒルらも、それぞれが過去にボビー・ハッチャーソンやグラント・グリーン、ドナルド・バードらへのリスペクトを表明してきたミュージシャンたち。つまり、本作はどこを切り取ってもブルーノートへの敬意に満ち溢れている。

斬新さで目を引くだけでなく、過去へのまなざしがここまで的確に感じられるリミックス集は過去にほとんど存在しない。マカヤはまたひとつ傑作を残してみせた。



―『Deciphering The Message』はこれまであなたがリリースしてきた作品とは少し違ったものですよね。この作品を作るようになった経緯について教えてください。

マカヤ:たしかに新作は、これまでの僕の作品と違うと思う。でも、「こういうアルバムを作ってほしい」とブルーノートにオファーされたわけではないんだ。僕はサンプリングという手法そのものが好きだから、自分自身の演奏や僕の周りのミュージシャンたちの演奏をサンプリングしたり、音楽を作る際に常にサンプリングを駆使してきた。ある時、(ブルーノート社長の)ドン・ウォズと話す機会があって、その時、彼にブルーノートの音源をサンプリングしてアルバムを作るアイデアを話したら興味を持ってくれたんだ。それがこのアルバムのきっかけだね。ジャズのクラシックスをリミックスしたいってアイデアはずっと前から考えていた。だから、ブルーノートのバックカタログを自由にサンプリングできる権利を得ることは、僕にとっては嬉しいどころじゃなくて、夢がかなったって感じだったね。

―これまでに多くのプロデューサーたちがブルーノート音源のリミックスを行ってきました。グールーやマッドリブ、Jディラ含めて多くのリミックスが作られていて、マッドリブの『Shades of Blue』のような傑作も生まれました。今作でのあなたのリミックスは選曲の時点でそういった過去に行われたスタイルとは全く異なるものになっています。そもそもリミックスの手法が全く違う。まず選曲のコンセプトから教えてもらえますか?

マカヤ:ブルーノートのカタログを片っ端から聴いていって、その中から今の自分の響いたものを選ぶところから始めた。このプロジェクトをやるにあたって考えたのはコンテンポラリーなサウンドや、バックビートが入っているものは選ばないようにすること。僕はビートを作るだけじゃなくて、作曲もしたいし、僕の周りのミュージシャンたちをソロイストとしてフィーチャーしたいとも思った。だから、このプロジェクトはストレートなリミックスと、ストレートなバンドサウンドの中間にあるような音楽を作ろうと試みているんだ。



―これまでに多くのプロデューサーたちがサンプリングしてきたドナルド・バードやボビー・ハンフリーなど、ブルーノートのジャズ・ファンク音源などは正にバックビートが入ったサウンドでした。そういったものを敢えて選ばなかったと。

マカヤ:ここではビバップやハードバップなどのジャズ・カノン(カノン=キリスト教の信仰や行動についての規則)のサウンドにフォーカスしたからね。バックビートがあるものやコンテンポラリーな音源を使えば、サンプリングするのも楽だし、そんなにディグる必要もない。イージーだよね。でも、僕はこれまでに作られてきたものとは異なるところに行きつくためのチャレンジがしたかったんだよ。だから、ものすごくリサーチもしたし、やれる限りディグったんだ。つまり、新しいことをやるために、たくさんの音源を聴き漁って勉強をしたってこと。その過程で、サンプリングするための音源を探すために聴いていたら、どの音源も驚くほどスウィングしていることに気が付いた。最初はそれらをサンプリングしてヒップホップ的なビートを作ろうと考えていたんだけど、聴いているうちに、もっとバンドで演奏をしたいし、スウィングも入れたい気持ちが湧いてきて、それらの要素も入れようって思ったんだ。


『Deciphering the Message』のリミックスと原曲を交互に並べたプレイリスト

―先ほどハードバップについての言及がありましたが、ここでのサンプリングはハードバップの時期の音源が多いように思います。“ジャズといえば即興”のイメージがありますが、アート・ブレイキー「Moanin’」やソニー・クラーク「Cool Struttin’」に代表されるように、ハードバップの曲はアレンジの比重がかなり大きくて、キャッチーでした。特にイントロはメロディアスでフレンドリーに作られていて、これが当時はポップ・ミュージックとして聴かれていた。あなたがそんなハードバップ音源のイントロをサンプリングしていたのが印象的でした。

マカヤ:ハードバップのレコードを改めて聴いてみて、時代を先駆けた作品があることに気づいたんだ。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの作品を聴いてみると、イントロの部分はキャッチーだし、サンプルしてループしたように聴こえる部分もあって、今の耳にも訴えかけてくる要素がかなり含まれている。だから、僕はイントロの部分をサンプリングするアイデアを思い付いたし、その中にあるビートやフィーリングなど、様々な部分が今回のチャレンジにとって有効だと思ったんだよね。

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