Spotifyが描くエンタメの未来、音楽と音声コンテンツの可能性 日本法人新代表が語る

日本独自の戦略、音声コンテンツの可能性

―ビジネス面だけでなく、音楽カルチャーやシーンについての話もお伺いできればと思います。Spotifyは日本よりも欧米諸国での普及率の方が先行しているわけですが、そのことによって、アーティストとリスナーとの関係はどう変わってきましたか。

トニー:ストリーミングが普及すれば普及するほど、ユーザーの「発見」が増えてくるということが言えます。聴くことのできる音楽が物理的な流通によって限られる世界に比べて、あらゆる音楽がジャンルや時代や国境を越えてすべて一つのプラットフォーム上でワンタップで聴ける世界では、ユーザーと新たなお気に入りのアーティストや音楽との出会いのチャンスが無限に増える。そのことによって、ストリーミングが普及している国では、音楽に対する一人ひとりの趣味が多彩になったと思います。

僕はアメリカと日本を数年ごとに引っ越す生活をしてきたんですが、僕がアメリカで育った思春期には、周囲の高校生の間ではヘアメタル以外の音楽を聴くなんて信じられなかった。それが今では、ヒップホップもK-POPもラテン・ポップも自然に日々の生活の中で聴かれている。いまや世界中でメインストリームなヒップホップにしても、一時はニューヨークやロスなどの大都市以外ではあまり聴かれていない、サブカルチャー的な時代もありましたからね。日本でも気に入ったものをカテゴライズせずに自由に色々と楽しむ、そういうリスナーが増えているように思います。ストリーミングが普及するとクリエイターとユーザーがつながるチャンスが増える。そのことによって幅広い趣味を持つ人が増えるんだと思います。



―グローバルに見た上で、日本の音楽カルチャーにはどんな特徴があると思いますか。

トニー:日本はファンダムがすごいですね。好きなアーティストに対する情熱が高い人が多い。もちろん各国に情熱的なファンは沢山いると思いますが、フィジカル市場がいまだに大きく、しかもCDの価格が高い日本の状況というのは、多くのアメリカ人には理解できないことだと思います。でも、日本には好きなアーティストにもっと関わりたい、貢献したい、愛情を表現したいという情熱を持ったファンが多い。日本の音楽市場の構成を理解するにあたっては、その理解が不可欠だと思います。

先週、横浜アリーナでOfficial髭男dismのライブに行ってきたんです。個人的にはコロナ禍以降の初めてのライブだったんですが、横浜アリーナに数千人が集まって、拍手と身振りだけで、誰一人発声をしていない。アーティストが「こういうルールがあるから我慢しよう」というのを、みんなが守っている。この行儀の良さは、欧米ではあり得ないです。これもアーティストに対しての愛情の証の一つだし、その情熱は半端ないものだと思います。

―Spotifyはグローバルなサービスでありつつ、それぞれの国がローカライズを行っていると思います。その理由と、日本に向けた施策としてはどういうものがありますか。

トニー:単にグローバルで人気のサービスを日本に持ってきても、その真価を発揮できるとは全く思いません。日本のユーザーやアーティストの真のニーズを汲み、これにプロダクトやサービスを適合させる必要がある。これはすごく大事だと思います。たとえば音楽を聴いている時に歌詞が表示される機能は、日本でサービスが始まる時に、日本でまず導入され、各国に広げて行きました。また2019年には「シンガロング」(*2)という機能を日本だけで導入しています。こうした日本ならではのニーズに応える機能の開発やサービス向上も、これからも提案して実現させていきたいと思います。


(*2)シンガロングは、Spotifyで音楽再生中に表示されるマイク型のアイコンをタップすると有効となり、ヴォーカル部分の音量を小さくできる機能。カラオケさながら、実際の曲に合わせて一緒に歌うなどの楽しみ方ができる。



―今年には、アーティストのインタビューと楽曲を組み合わせた「Liner Voice+」(*3)というオリジナルプレイリストも開始しました。これに関してはどんな意図がありますか?

トニー:これこそ音声エンターテイメントの進化だと思います。ストリーミングサービスの真価は、そもそも「どの曲でもいつでも聴けますよ」という聴き放題だけではない。プレイリストや、アルゴリズムによるレコメンデーションによって、ユーザーの好みやニーズ、生活シーンやシチュエーションにあわせた出会いを提供できるということにあります。さらにその先には、出会った曲やアーティストについて、「この曲の背景をもっと深く知りたい」とか「アーティストがどういう気持ちで作曲や演奏をしたのかという話を聞きたい」というニーズがある。これに応えるのが、アルバムの楽曲の合間でアーティストが制作背景などを語る「Liner Voice+」。ファンであればたまらなく面白いし、その話を友達と共有したくなる。アーティスト側からすると、自分の作品を深く理解してもらう、より好きになってもらう、広げてもらうきっかけになる。アーティストやクリエイターとリスナーをつなぎ、ファンづくりに寄与し、ファンの満足度を高めるサポートをするのがミッションですから、その一環になっていると思います。


(*3)「Liner Voice+」は、アルバムの制作背景についてアーティストらが語る音声を収録曲と組み合わせたプレイリスト。自身のトークの合間に音楽を挟んだ音声番組を誰でも簡単に制作できる「Music + Talk」という機能も公開されている。


―クリエイターが選曲した楽曲とトークを一つのコンテンツとして発信する「Music + Talk」機能もスタートしました。こちらはいかがでしょうか。

トニー:「Music + Talk」は、音声コンテンツを簡単に録音・編集・配信できるAnchorというSpotifyのツールを使えば、誰でもトークの合間にSpotify上で利用できる曲を挟み、ラジオ番組のようなものを作れる新しい機能です。今年の夏に提供開始となりましたが、日本での反響はすごくいいです。たとえば、僕も子供のときにミックステープを作っていました。曲と曲の間に、自分がこの曲のどういうことが好きだということを語って録音したこともあります。そういうことの現代バージョンですね。もちろんアーティスト自らがメッセージを入れることもできるし、リスナー個人のコミュニケーションメディアとしても利用できる。


「Music + Talk」の番組から、人気エピソードをまとめた「Best of Music + Talk Episodes」

―Spotifyは音声コンテンツの制作・配信アプリAnchorを提供していますし、ポッドキャストにも力を入れている印象があります。こちらに関してはどういった考えをお持ちでしょうか?

トニー:まず、Spotifyはオーディオの可能性を確信し、この分野の未来を切り拓こうと世界中で取り組んでいますが、オーディオというものは、音楽だけを指しているわけではありません。聴覚で楽しむオーディオには、いろんなエンターテインメントがあって、音声情報というものもある。トークもあるし、毎日音楽を聴く習慣のない人でも、ニュースを聞いたり、天気や交通情報を聞いたりできる。Spotifyとして、オーディオ文化の裾野を広げ、さらに発展させていきたいという気持ちのもとでやってきています。音声クリエイターも、個人で楽しんでいる人たちからプロまで幅広く存在します。こうした多様なクリエイターたちがそれぞれの目的に応じて情報発信できるようなプラットフォームとしてSpotifyを進化させていきたい。同時に、有機的で、回遊性のあるプラットフォームに進化して行きたいという考えもあります。たとえば、音声番組を聴いているリスナーが、「Music + Talk」をきっかけに音楽を聴くようになる。逆に、Spotifyで音楽だけを聴いていた人がなにかのきっかけでポッドキャストを聴くようになったら、それもやはりクリエイターとユーザーの出会いのきっかけと言えでしょう。

>>関連記事:Spotifyは日本に何をもたらした? TaiTan×玉置周啓×柴那典が語る5年間の地殻変動

―Spotifyオリジナル番組も制作していますが、こちらはどんな位置づけでしょうか。

トニー:国内の様々なパートナーと一緒に、力を入れて作っていますので、多くの皆さんに聴いていただきたいですが、オリジナル番組はSpotifyがただ新たなリスナーを獲得するためだけに展開しているわけではない。音声で表現してみたいと考えるクリエイターの皆さんに、参考となるモデルやインスピレーションを提供するという狙いもあります。Spotifyはクリエイターのためのプラットフォームでもあるので、クリエイターが刺激を得て、より活発に、より容易にコンテンツを作って発信できる環境を届けるのが大事なんです。ハード面としてはスタジオ設備の「Spotify Studio Tokyo」も開設しました。「Sound Up」という、若手クリエイターを育てるプログラムもやっていますし、包括的にクリエイター支援に力を入れています。



Photo = Mitsuru Nishimura

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