ジョーダン・ラカイが実践したセルフケア 音楽家が「心の闇」を乗り越えるための制作論

ジョーダン・ラカイ(Photo by Joesph Bishop)

ジョーダン・ラカイの最新作『What We Call Life』は、これまでの作風からガラリと変わっている。端的に言って異色作だが、おそらく彼の評価をさらに引き上げることになるだろう。

『What We Call Life』のテーマは、セラピーで得たものをシェアすること。ここには彼のトラウマや、人種的な葛藤などについて吐露するような歌詞もある。つまり、本作はメンタルヘルスやセルフケアといったことがテーマだとも言える。そこまでなら似たようなコンセプトの作品は少なくないだろうが、そのコンセプトと音楽の制作プロセスや表現手法が強く結びついているところが、本作を唯一無二たらしめている。

トム・ミッシュ、ロイル・カーナー、コモンとのコラボでも知られるジョーダン・ラカイは、2015年にロンドンへ移住。翌年にNinja Tuneと契約し、世界的アーティストとして頭角を現していった。そんな彼が、ここでは過去の成功体験を一旦忘れて、完全に今までと異なる制作手法を用いている。そうして生まれたサウンドや歌詞の深みからは、『Cloak』『Wallflower』『Origin』の過去3作を経て、アーティストとして成熟したことがうかがえる。それに何より、作品からにじみ出ている人間としての成熟みたいなものが、このアルバムを特別なものにしているように思う。

自身の経験をさらけ出し、これまでとは異なるスキルが求められる歌にチャレンジし、その音楽のかなりの部分を共作者たちに委ねた。自分と向き合い、自分を認めながら、自分のエゴを捨て去った。ミュージシャンとしても、ひとりの人間としても大きく成長したジョーダン。キャリアの第2章が始まった。



―『What We Call Life』はどんなテーマで制作したのでしょうか?

ジョーダン:テーマは自己の内側を見つめて、なぜ自分が今の自分になったのか、これまでの人生の変遷を分析すること。そして僕はそれをセラピーによって学んだんだ。過去を発見して、子供時代を発見して、学生時代や、ロンドンへと移ったこと、そういったことについて色々と分かった。つまりこのアルバムには僕の人生が表れているんだ。

―セラピーで気付いた自分の内面の深い部分には、きっとネガティブなこともたくさんあったのでしょうし、それを表に出すというのは勇気が要ることではないかと想像します。なぜ、そのようなテーマに取り組もうと思ったのでしょうか?

ジョーダン:僕は常に人として向上したいし、成長したいと思っていてる。だから、自分の心の闇の部分に直面した時も、自分が成長するチャンスとして捉えるんだ。より良い人間になるためには闇を克服しなきゃいけないしね。

―このアルバムのテーマに、セラピーから得たものをシェアするというのがあります。ただ本作は聴き手を「癒す」ためのアルバムではないと思います。どちらかというとエンパシー(共感)だったり、聴き手が自分のことを見つめ直したり、他者についてより考えさせるようなアルバムかなと思ったのですが、いかがですか?

ジョーダン:まさにそうだと思う。自分が抱えている問題について語ったり、内省する行為によって、他の誰かが自分自身を掘り下げようとするきっかけになったらいいなと思ってる。そして、その誰かが自分の抱える問題、子供時代、人生、将来について考えてみようという気になったりね。心の健康に対する関心を高めよう、そこに光を当てようということだね。でも同時に、自分について語ってそれを吐き出すことそのものが良いことだと僕は思ってる。胸の内を曝け出すことにはカタルシス効果があって、これもセラピー的経験なんだ。同時にそれが誰かを刺激して、その人が自分のメンタルヘルスに注目してくれたら嬉しいよね。

―では、このアルバムではどんなことをシェアしているのでしょうか。

ジョーダン:たとえば「Illusion」は、すごく楽しくてハッピーな曲なんだけど、内容は自由意志について。僕らが自分の運命をどれだけコントロールできるかについてだったり……もしあらかじめ決められているとしたら、その運命に屈服するのか、あるいは自分で自分の運命を握って決断していくのかっていう話。僕がセラピーを通じて学んだのは大体今言ったようなことで、人生の新しい章で新たなレガシーを築いて、壁を打ち破るってことだね。



―あなたは2017年のアルバム『Wallflower』に関して、「不安に対処し、それを克服すること」についての作品だと語っていましたよね。そこには別れやすれ違いの歌、「May」のように喪失に関する歌もあった。同じように『What We Call Life』にも「不安や問題に向き合うことや対処すること」は含まれていると思います。どちらもパーソナルで内省的で、サウンドもアトモスフェリックだったりと共通点もある。一方で、サウンドや詞も全く異なるものでもある。それを踏まえたうえで、『What We Call Life』における内省の性質を説明してもらうことはできますか?

ジョーダン:いい質問だね。実は自分でも『What We Call Life』を『Wallflower』の兄貴のようなものとして考えているんだ。そして前作『Origin』が1stアルバム『Cloak』の兄貴。『Cloak』と『Origin』はソウルフルなのに対し、『Wallflower』と『What We Call Life』はすごくアトモスフェリックで、幽玄的だから。

でも内省の面は少し違っていて、『Wallflower』で僕は自分が不安を抱えていることに初めて気づいて、それについて語ることが自分にとっては新しいことだった。自分自身を見つめて、自分が何者なのかを考えたり、自分の不安を理解したり、シャイで内向的な性格である自分と向き合うといったことを始めたのがあのアルバム。一方の『What We Call Life』は似たようなコンセプトだけど、そこには不安だけではなく、自分のあらゆる要素が含まれている。僕の主体性や決意、新たな国に移り住んで、新たな旅を始めて、結婚して家庭を築こうとしていることも含まれている。今は人生の新たなステージにいるからね。

Translated by Emi Aoki

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