アデルが語る、アルバム『30』にまつわる「私」の物語

6時間のセラピーセッション

アデルはスピリチュアルな旅に出た。いうなれば、彼女なりの『食べて、祈って、恋をして』(訳注:エリザベス・ギルバートによるベストセラー小説、ジュリア・ロバーツ主演で映画化もされている)を経験したのだ。かつての毒舌家のアデルなら、呆れたといわんばかりの顔をしたかもしれないが、彼女にはそれが必要だった。

聖金曜日の離婚発表によってアデルは、数週間ベッドに寝たきりになるほどの強い不安感に苛まれた。アンジェロの共同親権が認められたため、ひとりで夜を過ごすことが多くなっていた。これほど長い間、息子と離れ離れで過ごしたのは初めてだった。

だが、2019年に手作りのディナーとともに映画を観ながら友人たちと31歳の誕生日を祝っていたとき、頭の中で何かがひらめいた。「上の階に行ってメイクを落として、寝る準備をしていたのを覚えている」と彼女は言う。誕生日は、悪夢のイースターの週末の数週間後だった(訳注:アデルの誕生日は5月5日)。「なんとなく、希望が持てた」とアデルは言う。「久しぶりにすごく素敵な夜を過ごして、ひとりで家にいるのも、ひとりでベッドに入るのも平気だった。明日が待ち遠しいというわけではないけど、明日を楽しみにしている自分がいた」

翌朝、アデルはカーテンの隙間から差し込むカリフォルニアの太陽の下で目を覚まし、「感情が津波のように押し寄せてくるのを感じた」。また忙しい毎日に戻ろうかとも思った。その代わり、ベッドから出ずにドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』を観はじめた。

「『浮き沈みが激しくなるだろう』と思っていた」とアデルは言う。実際そうだった。だが、最高の誕生日と現実を直視させられた翌朝のあと、2019年は新しいことに挑戦しようと決意した。長年一緒に仕事をしてきたロンドンのクルー、同業の仲間、アンジェロの同級生の母親たち、通っているまつ毛サロンの若い女性など、誰彼構わず助言を求めた。アデルは不思議な音とともにリラックス状態を体験する“音浴(サウンド・バス)”の時期に突入し、定期的に山にも登った。2019年7月には友人と一緒にアイダホ州の山を登り、抱負を紙に書いて土のなかに埋めた。半年間ほど断酒もした。頻繁に襲ってくる“ハングザイエティ(訳注:二日酔いと不安を掛け合わせた造語)”にうんざりしていたのだ。


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone
セーター:トーテム

「不安を和らげてくれるものは、とにかく何でも試した」とアデルは説明する。「それがどこであれ、明るいエネルギーがある場所」へと赴いた。ジャマイカ、ギリシャ、さらにはアリゾナ州の砂漠にまで足を延ばしては、アイダホ州の登山のような“儀式”を行ったのだ。食生活と体型も変わりはじめていた。3年前にロサンゼルスに移住したときは、ほぼすべてのグルテン(訳注:穀物から生成されるたんぱく質)にアレルギー反応を示してしまうことを知り、その後は不安感がグルテン過敏症の症状のひとつであることを学んだ。「『なーんだ。みんな、ありがとう。もっと早く知っていれば、最高の20代が送れたのに』と思ったわ」

ジム通いにも熱中した。ジムにいると、不安を感じずにいられたのだ。思っていたよりも体力があることに気づき、長年抱えてきた背中などのトラブルが楽になった気がした。それだけでなく、驚くほど運動神経が高いことにも気づいたのだ。「こんなふうに体力と身体を変えられるなら、自分の感情や頭の中、内面の幸福も変えられると確信した」と言う。「それが私の原動力だった。私が身体を使ってやっていたことが当時の感情的な作業と基本的には一致していたの」

その間、彼女はずっと曲を書きつづけていた。新曲の大半は、その夏のロンドン旅行中に作曲されたものだ。プロデューサーおよびソングライターのグレッグ・カースティン、トバイアス・ジェッソJr、マックス・マーティン、シェルバックといった『25』のメンバーが再集結した。そこにノースロンドンを拠点とするインフローが新たに加わった。インフローのサポートのおかげで、アデルは作曲というルーツにいくらか立ち返ることができた。

「リラックスすることの意味を教えてもらった」とアデルは説明する。アンジェロが生まれて以来、彼女は『25』を制作していた頃のコントロールフリーク(仕切り屋)になっていたのだ。アデル曰く「あらゆるものをただただ壁にぶつけていた」デビューアルバム『19』や2ndアルバム『21』と比べると、『25』はより洗練された仕上がりだ。インフローは、ダニー・ハサウェイ、カーペンターズ、アル・グリーン、マーヴィン・ゲイなど、彼女のお気に入りのアルバムを聴き込むようにと言った。彼らのアルバムのサウンドが完璧なのは、技術的な完璧さを欠いているからなのだ。「『よくよく聴いてみると、ぐちゃぐちゃだ。じっくり耳を傾けると、みんな音が合っていない。入りのタイミングもバラバラだ。大切なのは、こうした音楽から生まれるエネルギーと雰囲気なんだ。完璧なテイクが取れたというのに、もうワンテイクやりたがる人なんていないだろう?』と言っていた」

スタジオでふたりは、アデルが「6時間のセラピーセッション」と命名した作業から手をつけた。取り組んでいる素材を紐解きながら、2〜3日かけて彼女の感情の津波をとらえた楽曲を引っ張りだしていくのだ。

Translated by Shoko Natori

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