アデルが語る、アルバム『30』にまつわる「私」の物語

アイデンティティーを取り戻すまで

ニューアルバムの収録曲は、ほぼ時系列順になっている。1曲目は、“taking flowers to the cemetery of my heart/to nurture what I’ve done(心の墓地に花を捧げに行く/いつかは過去の行いから学べるのだろうかと思いながら)”と始まるジュディ・ガーランドへのオマージュ「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」だ。アデルと共同で同作を手がけたのは、チャイルディッシュ・ガンビーノとともに映画『ブラックパンサー』の音楽を手がけたスウェーデン出身の作曲家、ルドウィグ・ゴランソンだ(ちなみにアデルは、チャイルディッシュ・ガンビーノの長年のファン)。



「ゴランソンとはパーティで出会ったの。『あの人、ぜったいヨーロッパ人』って思った」とアデルは振り返る。ロサンゼルス在住の英国人として、自分とよく似たドライなユーモアの感覚を求めて同郷人を探してしまうそうだ。

ゴランソンと「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」に取り掛かる前、アデルはレネー・ゼルウィガー主演の伝記映画『ジュディ 虹の彼方に』(2019年)を観て、どうしてこういう曲を書く人がいなくなってしまったのだろう?と不思議に思った。この曲は自分にとって、メリル・ストリープとゴールディ・ホーンが主演する、若さに取り憑かれた女同士のライバル関係を描いた名画『永遠に美しく…』(1992年)のようなものだと語る。「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」を通じて、アデルは「魅力的な散らかり状態」にあると認めている。

一風変わった短いこの楽曲は、誰かに提供しようか、それともサンプリングしようかと考えたほど、アデルのこれまでの作品としては異色だ。「昔の映画で、登場人物がフラッシュバックのように記憶が戻ってくるのを経験することがあるじゃない? その瞬間、カメラが川や湖をとらえて、さざ波が立つような感じ」と彼女は言う。「それを思い出すの」

3曲目の「マイ・リトル・ラヴ」は、アンジェロに宛てられたR&B風の子守唄だ。“Mama’s got a lot to learn(ママには、まだ学ばないといけないことたくさんがある)”と認めながらも「ギリギリのところでがんばっている」とアデルは歌う。意外なことに、この曲にはアンジェロのボイスメモの音声が使用されているのだ。そこには、アンジェロの難しい質問に精一杯答えようとするアデルがいる。強い不安感を抱いていた時期、アデルは寝る前にアンジェロに「パパのことを愛してる。だってあなたを与えてくれたから」と語りかけた。その会話を録音したのだ。「耐えられなかったの」と彼女は振り返る。「私が言ったかどうかもわからないことで不安になる前に、これを聞き返したらOK、もう大丈夫ってなれると思った」



アデルは、世間が母親に対して抱く期待を疑問視するようになった。父親にはそれ以外の肩書きがいくつもあるのに、どうして母親は常に母親でしかいられないのだろう、と。その多くは、コネッキーとの破局後にアンジェロをがっかりさせたかもしれないという気持ちを募らせた。「感情の面ではいつもそこにいなかったかもしれないけど、アンジェロのことを考えなかったことは一度もない」と涙をこらえながら言った。「マイ・リトル・ラヴ」をはじめ、『30』に収められているすべての楽曲は、母親の本当の姿をアンジェロに見せるためにあるのだ。母と子という関係以外のアイデンティティーとさまざまな顔を持つ複雑な女性、悩み、涙を流し、傷ついた女性の姿を見せるために。

「アンジェロには、誰もがこうしたことを経験するって知ってほしい」と彼女は続ける。ボイスメモの音声を聞く限り、アンジェロは9歳児にしてはかなり物分かりが良い子のようだ。「あの子は天秤座なの。だから『落ち着いて。大丈夫だよ、ママ。リラックスして』と言ってくれる」


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone

2020年2月、アデルは親友のローラから結婚式に招待された。「ずっと悲しい気持ちで引きこもっていたから」とアデルは言う。「『私のために来てちょうだい。あなたにパーティを仕切ってもらわないといけないのよ』と言われたわ」

有名になってからというもの、しばしばアデルは友人の結婚式や誕生日パーティといったイベントをパスしなければいけないと感じていた。自分がいることによってゲストがパパラッチに迷惑をかけられたり、自分自身のプライバシーが侵害されたりするかもしれないと心配だったのだ。誰かの大切な日だというのに、「携帯の電源はオフにしてください」なんてとても言えない。「かなりの孤独に耐えていた」と彼女は言う。

婚姻関係以外のアイデンティティーを取り戻すプロセスとして、アデルはローラのような友人の集まりに顔を出すようになった。その結果、自らニューアルバム情報を漏らしてしまった。ローラの結婚式でグラス2杯ほどワインを飲んだあと、アデルは壇上に立ち、4枚目となるニューアルバムアルバムが2020年9月にリリースされる予定だと口を滑らせたのだ——実際、パンデミックによってこのスケジュールは延期されたのだが。「(ローラに)こう言われた。『そういう感じで仕切ってほしかったわけじゃないんだけど』って」

Translated by Shoko Natori

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