アデルが語る、アルバム『30』にまつわる「私」の物語

アルバムのリリーススケジュールが決まるまで

それから時は流れ、当初のリリース日から丸一年が経った。アデルは、カリフォルニア州バーバンクのリハーサルスタジオでハワイ名物のポケボウルを美味しそうに頬張りながら、離婚発表後とは一味違うツイートの嵐を楽しんでいる。アデルのニューアルバムがまもなくリリースされるという噂をラジオ番組の司会者が広めてからというもの、彼女の名前はTwitterでずっとトレンド入りしている。ビヨンセやアリアナ・グランデとの架空のデュエット曲を含む偽物のトラックリストが拡散された。アルバムのプロモーション活動中やツアー中のアデルはあまり積極的にソーシャルメディアを使わないが、彼女は何といっても筋金入りのミレニアル世代だ。ネットを使った情報収集の腕前は、NSA(米国家安全保障局)の諜報員にも引けを取らない。

「私のチームの誰よりも、オンラインで情報を猛スピードで探し出すコツをわかっているの。元ネタをたどったり、誰が漏らしたかを特定したりするコツをね」とアデルは明言する。Instagramのフィンスタ(サブアカウント)——ネコや内装デザインをチェックするのに使用——とエゴサーチ用のTwitterの偽アカウントも持っているのだ。『30』の完全生産限定盤に収録されるクリス・ステイプルトンとのデュエット版「イージー・オン・ミー」を除いて、あらゆるデュエットに関する憶測とは無関係な『30』のリアルなリーク情報に関するタグもフォローしている。

アデルはスマホを取り出し、ニューアルバム発表の混乱の最中に投稿されたお気に入りのツイートを見せてくれた。ユーザー名は“@keyon”、表示名は「HOOD VOGUE is tired of poverty」だ。彼は早々に情報が偽物であると明言し、アデルはほかのアーティストをフィーチャーしないことで有名だと指摘した。「この人、本当に面白いの。『これが本物のファンってやつね』って思ったわ」とスマホ画面をスクロールしながら言う。「何かがTwitterで炎上しているときは、いつも真っ先に彼のアカウントをチェックするの。だって『うーん、これは本当かも』あるいは『これはフェイク』って必ず判定してくれるから」

インタビューを終えた2時間後、アデルから別のツイートが転送されてきた。Twitterの検索画面には、ボールドで彼女の名前が表示されている。そこには「誰か、アデルを起こして約束の金曜日だって教えてあげて。忘れているといけないから」というツイートが。こうして彼女は、『30』のリリース日を勘違いしたファンのツイートを楽しんでいるようだ。

ラジオ番組の司会者は、ニューアルバムのリリースについて適当なことを言ったわけではない。その日、世界中の広告版に「30」という数字だけが表示された。数日後にニューアルバムのリリースが確実となると、そこからニューアルバムのプロモーションは雪だるま式に膨れ上がった。そして11月19日というリリース日が発表されたのだ。

リリースを延期するのもこれが限界だった。「いま出さなければ、もう一生出さない気がした」とアデルは認める。人生の極めて限定された時期について歌っていることを踏まえると、アルバムにはアーティストにとってだけでなく、オーディエンスにとっても“賞味期限”があるとアデルは考える。「心変わりをして『次に進もう。次のアルバムを作ろう』ってなったかもしれない。でも、このアルバムはそうじゃなかった。世に出るのにふさわしいと思った」


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone
シャツ:ザ・ロウ、ジーンズ:リーバイス・ヴィンテージ、シューズ:マノロ・ブラニク、セーター:ヴィンテージ

業界全体が“ノーマル”の定義を模索するなか、アルバム、ツアー、映画などが延期された。だが、アデルやドレイクをはじめとする多くのアーティストは、普通の状態に戻るにはまだまだ時間がかかると判断した。「誰もこの時期のことを覚えていたくないと思う」と彼女は言う。「もちろん、去年よりはマシだけど。でも、私のアルバムが出る日に誰かの大切な人がコロナで亡くなるかもしれない。その人は、ラジオで“イージー・オン・ミー”が流れるたびに必ず思い出してしまう」

Translated by Shoko Natori

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