アデルが語る、アルバム『30』にまつわる「私」の物語

「私の言葉は、多くの人の急所を突いてしまうことがある」

『30』のリリースが発表されると、アデルはバンドメンバーをバーバンクに集めて、新旧織り交ぜた楽曲のリハーサルを始めた。久しぶりに集まったので、その週はローズボウル・スタジアムで米ハンバーガーチェン・In-N-Outのケータリング付きのラウンダーズ(子ども向けの英国版野球のようなゲーム)の試合で再会を祝した。バンドメンバーは揃いのTシャツを着て、アデルの愛犬のフレディーとボブはスタジアム中を駆け回った。アメリカ人チーム対英国人(&オーストラリア人)チームの白熱のバトルを制したのは、アメリカ人チームだった(運動音痴のジャーナリストの助っ人の活躍のおかげ)。ゲームのルールはさっぱりわからなかったが、アメリカ人が僅差で勝利をつかんだ。

10月、アデルのクルーは特番を2本収録した。ひとつは米CBS、もうひとつは英国のITV用だ。ロンドンのハイド・パークで予定されている2公演を含む来年の大きなイベントに向けての準備も再開する。だが、現時点では『25』のときのようなマラソンふうのツアーを期待しないでほしい。「規則とか色んなことだらけで、あまりにも予測不能だから」とアデルは言う。「(新型コロナに感染するかもしれないという)不安な気持ちで私のライブに来てほしくないの。私だって、コロナにはかかりたくないわ」。ラスベガスの常設公演についても否定した。彼女曰く「どの会場も全然空きがない」ことを理由に、まだ契約書にサインしていないのだ。

スタジオでアデルとバンドメンバーは、『30』に収録されている新曲「アイ・ドリンク・ワイン」のリハーサルをしている。「アイ・ドリンク・ワイン」というタイトルだけでTwitterははやくも大騒ぎだ。エゴを一枚一枚剥がしていくことを歌った同作は、70年代のエルトン・ジョンとバーニー・トーピンを彷彿とさせる作品に仕上がっている。「あのときの私は、とにかく被害者意識が強かった」とアデルは説明する。「だから“I hope I can learn to get over myself(自分らしくありたい)”という歌詞には、『それができてはじめて、あなたに愛されることができる』という想いが込められているの」



会話のような「アイ・ドリンク・ワイン」でアデルは、すべてのサビを変えて歌う「バリー・マニロウのような芸当」をこなしている。バックコーラスをレコーディングする際も別のキャラクターを演じ(このアプローチは4曲目の「クライ・ユア・ハート・アウト」と12曲目の「ラヴ・イズ・ア・ゲーム」でも健在)、60年代の雰囲気を出そうとした。「怖い感じを抑えた」と彼女は続ける。「私の言葉は、多くの人の急所を突いてしまうことがあるから」





アデルのような有名人にとってデートすることはかなり大変だ。離婚後、彼女は独身女性として約十年振りに恋愛市場に復帰した。歴代屈指のセールスを誇る人気アーティストへと成長するうちに十年の歳月が経っていたのだ。アデルは、出会い系アプリを使っている友人たちを羨ましいと感じている。だが、ロサンゼルスは彼女のような限定的な方法で相手を見つけるのに最適な場所とは言い難い。「誰もが何者かに、あるいは誰もが他人になりたがっている」と彼女は言う。「すごくラッキーなことに私は、一緒にいた誰からも何かを押しつけられたことはないの。これだけでも十分可能性はあると思う」

6曲目の「キャン・アイ・ゲット・イット」では、ロサンゼルスの恋愛市場が唯一得意とする気軽な肉体関係ではなく、本物の人間関係を育みたいという想いが歌われている。「(ロサンゼルスでのデートは)5秒しかもたなかった」と、アデルは冗談を飛ばす。5曲目の「オー・マイ・ゴッド」では、自分自身をさらけ出したいのにそうできないスーパースターの感情が語られている。





友人たちはアデルに知人を紹介しようとしたが、彼女はそれを嫌がった。「ブラインドデート(訳注:友人や知り合いの紹介を通じて知らない相手とデートすること)なんて冗談じゃないわ! 絶対失敗する! 外にはパパラッチがいて、誰かがDeuxmoi(ゴシップサイト)だかなんだかに書き込むに決まってるじゃない! あり得ない」

アデルは、密かに相手を見つけることができた。『30』には、離婚以来初となる恋愛関係について語っている楽曲がいくつかある。ジャズピアニスト、エロル・ガーナーのサンプリングを使用した8曲目「オール・ナイト・パーキング(with エロル・ガーナー)インタールード」では、新しい恋人に惹かれていく陶酔感が描かれている。“When I’m out at a party/I’m just excited to get home/And dream about you/All night long(パーティに出かけても/家に帰るのが待ち遠しい/あなたを想いながら/夜を過ごせるから)”と歌っているのだ。残念ながら、このときは遠距離恋愛で、失敗に終わる運命だった。「大切なことを学んだし、また誰かに愛されているって感じるのも素敵だった。でも、うまくいくはずなかった」とアデルは認める。



9曲目「ウーマン・ライク・ミー」で、ふたりの関係は終幕へと向かう。同作は完全な“ディス曲”で、元恋人を無関心で、怠け者で、ふたりの関係の可能性を無駄にした不安定な男となじっているのだ。彼女の言葉は明快かつ冷静で、状況を克服したいまとなっては、苛立ちも収まっているかのように聞こえる。「私が誰かに宛てた歌詞は全部私が監修しているものだけど、これらはすべて、私が人生を通じて学んできたことでもある」と彼女は説明する。「昔の私には、こうしたストーリーの歌詞は書けなかった。これらは、私自身が経験してきたことだから」(ファンのなかには、『30』の収録曲のいくつかは英国人ラッパー、スケプタのことを歌っているのでは?と予想した人もいるかもしれないが、ふたりの噂が浮上する前からアルバムは完成していた)。



アデルほどの大物歌手ともなると、デートは不毛なものになりがちだ——レストランの至るところに諜報員がいるかもしれないのだから。それでもアデルは、新恋人のリッチ・ポールとの間に安らぎ、安定、安心感を見つけることができた。ポールは、レブロン・ジェームズのような有名スポーツ選手の代理人を務めるスポーツ・エージェントだ。ふたりは、数年前に共通の友人の誕生日パーティのダンスフロアで出会った。踊った曲は覚えていないが、親しい友人であるドレイクの曲だったとアデルは踏んでいる。というのも、その夜、DJはやたらとドレイクの曲ばかりをかけていたのだ。「『別のアーティストの曲もかけなさいよ。ドレイクは大好きだけど。でも、やっぱりほかの曲もかけたほうがいい』と思ったの」

ふたりの交際を暴露したのは、例のゴシップサイト・Deuxmoiだった。親しい人たちに報告する前に、世界中が知る結果となってしまった。「最初は友人にも話していなかった。自分だけの秘密にしたかったから」とアデルは認める。最初に公開されたのは、アウトレットモールでの写真だった。「友人は、誰ひとりとして信じなかったわ!」。正確を期するために言っておくが、その日彼女は散々買い物をした。暴露された写真を見ながら「私ったら、すごい荷物!」と言ってあの豪快な声で笑った。

Translated by Shoko Natori

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