トム・ヨークが盟友と振り返る、レディオヘッド『Kid A』『Amnesiac』で実践した創作論

あのときスタジオで起こっていたこと

―最終的に自分たちの空間(=バンドのスタジオ)を手に入れた時、建物は中二階の構造で、音楽制作は一階でおこなわれ、間に中2階があり、その上でスタンリーが作業していて、その二層を橋渡しする導管の役目をやっていたのはトム、あなたでした。そこであなたがなんらかの指示を出した、始まりの段階で「こういうことをやろう」と指針を表明したことはあったでしょうか?

トム:それは音楽の中にあった。けれどもそれだけではなく、作業をしていく間に僕たちに語りかけてきたものもあったね、始終、様々な思いつきをぶつけ合っているから。僕たちはいつだってアジェンダと共にスタートする。毎回アジェンダと共に作業を始めるんだよ、ただしそれを放棄することになるのは自分たちでも承知の上で。それが僕たちのレコーディングのやり方だったし、バンドにいつもと違うことをやらせようとするための手段であって……だから、僕たちはこの、とある地点からどこかに向かおうとし、でも行き着いた先は別の場所だった、みたいな。その「どこか特定の地点に進みたい」という欲求を手放すこと、そして制作に伴って生じるカオスや間違い、プロセスを楽しむこと、それが重要になっていった。そして物事が実を結び始めた時、たとえば1枚目の風景画がまとまり出した、あるいはスタジオで最初に良いサウンドが生まれ始めた、そういったちょっとした瞬間がいくつか生じると、「おぉっ……? 我々は何か掴んだらしいぞ?」と感じるし、けれどもその後何カ月か「うわぁぁっ、どうすればいい?」と頭を抱えることになり、でも、そのうちまた「おっ、これは」の瞬間が訪れる、と。

スタンリー:僕たちがちゃんと取り組み始めた時、倉庫の中の、一種独房めいた空間を借りたことがあったっけ。コンクリート製の、倉庫の中の一室、そこで絵を描くことにした。で、僕たちは作業を始めた、風景画を描こうとしたんだけれども、とにかく上手くいかなかった。一向に色彩が浮かんでこない、景色も絵の中で定まってくれない、と。その状態が、あれに打たれた時まで続いたというか――時代のせいもあり、僕は当時、旧ユーゴスラビアで起きていた戦争に非常に、深く動揺させられてね。インターネットのおかげで初めて、何かが起きているのとほぼ同時進行で情報がもたらされるようになった、そういう時期だったから。ものすごく痛切に身を以て感じられたし、ベルリンの壁はとっくの昔に倒れてる、こういったことは過去の話になったはずじゃなかった?と。けれども、そうじゃなかった。あのすべてが起こっていたんだ、雪の積もった、実に欧州的で、とてもなじみのある景色の中でね。ところが、その雪に覆われたとても美しいランドスケープは、強制収容所だの鉄条網に巻かれ戦車に引きずられる人々といったものでいっぱいだった。身の毛がよだった。

トム:スタンリーは絵の中に暴力の図を含めたけれども、でも彼は描いた上でまた、それを隠した。あれはとても興味深かった。

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―スタジオでの典型的な1日はどんな様子でした?

スタンリー:とにかく憶えているのは、キャンバスのサイズだな。中2階部のドアを抜けて2階に搬入するには斜めにするしかない、そのギリギリいっぱいの寸法だった。つまり、小さな空間に置かれた大キャンバス群だったわけ。

トム:あれの一番良かった点は、時に2階に行き、ただあれらの絵画に囲まれじっと座っていること……それが、音楽制作の側で起きている物事について違う考え方をするためのひとつの方法だった、というか。僕も、たまに作業場にやって来て作品にコメントしたくなったり、アイディアを提案したことはあったよ。かといってそれらは確固たる意見ではなかったし、作品を巡る対話の一部めいたものに過ぎなかった。同様に、それは音楽スタジオで起きることについての対話の一部にもなっていく、と。けれども、それは何も(断言調で)「決めた、僕たちはこれをやるべきだ!」といったものではないんだ。僕とスタンリーとは長いこと自分たちに関心のあるものの周辺で語り合ったし、それはある意味自分たちのやっていたことにも吸収されていった。だからかなりの記録になっているんだよね、僕たちがどのレコードでもやってきた、そのふたつの合流というのは。

スタンリー:いくつもの重なりがある作品なわけだしね、音楽も多層的、アートワークも多層的、と。それに、作る過程で起きた間違いもすべて残っている。だから仮に、音声トラックにX線を当て、制作過程で起きた数々の失敗を見つけようとすれば、その痕跡はまだ見つかる。その証拠、痕はちゃんと残っている。アートワークも同じで、あれらの作品にはいくつもの、何層ものレイヤーが存在する。ほぼ覆い隠されてしまった絵があるんだよ、なんであれ、その作品のいちばん表面に置かれたものによって見えなくなっている絵が。

トム:かつ、そうしたもろもろから外れたところにまた別の対話のポイントもあって――いつだって、スケッチブックがあった。僕たちは文字通り、互いのスケッチブックを交換し合っていた。

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