トム・ヨークが盟友と振り返る、レディオヘッド『Kid A』『Amnesiac』で実践した創作論

トム・ヨーク、2020年撮影(Photo by Franco Origlia/Getty Images)


音楽とヴィジュアルの相互関係

―あれらの絵は挿絵的な分かりやすいイメージではないですし、同様に歌詞と音楽も、絵画に描かれた物語を語ってはいません。あの2枚のアルバムのシークエンスをどう考えていたのでしょう? そのシークエンスを形成するかもしれない旅路をイメージ/視覚的におこなっていた、ということは?

トム:基本的に、僕たちは病的なまでに――特に自分がそうだったけれども――あらゆる類いの「締め切り」という概念から目を背けていた。そんなわけで僕たちは、1年半? 2年くらい作業したんだっけ?

スタンリー:たしか2年近く……。

トム:約2年ね。僕はその頃まだ、現場にやって来ては――あれで教訓を学んだからもうやらなくなったけど――しょっちゅう新しい案を持ち込み、一方で色んなアイディアを放り出して「ダメダメダメ! 何か別のことをやろう!」という調子だった。そんな僕のノリは制御するのがかなり難しいものになっていったし、僕たちはある時点で締め切りを設けることになった、と。あれをやるのは大変だった。というのも手元には有り余るほど素材があったし……だから、僕たちがいったん、この作品に関して全員がそれぞれ違う意見を持っている点に気づいた、その苦痛を乗り越えたというか、そこに達したところでエキサイティングに思えたのは、僕たちがああして様々な苦痛を抱えていた唯一の原因、それは僕たち自身まだこれが何なのかよく分かっていなかったからだ、と悟ったところでね。もちろん一群の楽曲に過ぎないし、大した話じゃないよ。ところがそれらを一定の順番で並べ始めると、実際、かなり強烈な視覚的感覚を受ける。少なくとも僕はそうだったし、そういう感覚はどっちにせよ自分には生じる。ただ、自分としては、ヴィジュアル面がどれだけ音楽の中にも根付いていたのか、そこにかなり驚かされた。ほら、何かに取り組んでいて確信が持てないと、ものすごく格闘するわけだよね? 闇雲に色々試してみるものの、自信がない。ところがそれらをひとつにまとめると全体像が、自分たちは何をしようとしていたかが見えてくる。だから、地図はなかったんだよ。ところが突如としてそれが見えてくる、と。

スタンリー:よくあるよね。第三の何か。計画していなかったものが生じる。

トム:で、それこそ、全プロセスの中で、もっともハラハラさせられる、一番おっかない部分だっていうね、フハハッ(苦笑)! ほんと、そうなんだ……。



―文章、映画、他のクリエイターによる芸術作品等で、物事を前に進めるために持ち込んだ、特に刺激になったものはありましたか?

スタンリー:新聞がたくさんあったね。それに、まだ幼少期にあった、当時のインターネットも。カウンターカルチャー的なあれこれがオンラインに出現し出していたし、昔だったら参考文献をいちいち調べなければならなかったそうした類いの事柄も今やキーボードを叩けばオンラインで見つけられるようになった、と。そんなわけで情報は山ほどあったし、ほぼ毎日のように僕は様々な記事、写真、新聞に掲載されたフレーズ等々を切り取ってクリッピングしていた。それらが歌詞になっていったというか、(トムに向かって)その中にはある意味お前が使った、クレイジーな内容のものもあったよな? 新聞の切り抜きを使ったっていう。

トム:自分たちの共同の作業場を設ける、その最大のポイントというのは、いずれにせよ誰もが毎日何かしら色々と持ち込んでくるからであって。それはもしかしたら、作業場の中央エリアに集まり皆で色んなレコードを聴くってことかもしれない。要するに発想としては、アイディアを皆で共有する習慣を作り出そうとする、それだったし、かつ、必ずしも今この時点で、今まさに我々の取り組んでいることに関するアイディアでなくたって構わない、という。

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