トム・ヨークが盟友と振り返る、レディオヘッド『Kid A』『Amnesiac』で実践した創作論

トム・ヨーク、2020年撮影(Photo by Franco Origlia/Getty Images)


ミノタウロスは我々の姿

―『KID A MNESIA』の世界におけるもっとも際立ったキャラクターのひとりがミノタウロス(『Amnesiac』のジャケットに描かれたギリシャ神話の怪物)です。それぞれの視点からミノタウロスについて話していただけますか。

スタンリー:ミノタウロスは、長く続いてきたモンスターのたとえのようなものだよね。闇に潜む、地下世界の怪物。人類のほぼあらゆる層が認識する類いの、非常に始原的な恐怖がそこにある。で、ミノタウロスのアイディア、あの涙ぐんだ、小さくキュートなキャラクターは……僕たちは東京に行ったことがあってね。僕が行ったのはあれが初で、とんでもなかった。驚異的なおもちゃ屋の数々があってさ! そんなわけで滞在中におもちゃ屋巡りをやって小さなおもちゃをあれこれ買っていたんだ、あの頃はまだ自分の子供もかなり小さかったから。そこでひらめいたというかな、実はミノタウロスは――もちろん我々自身のことであり、それが閉じ込められている監獄(=迷宮)は我々が自ら自分の周囲に築き上げたものであって。この泣いているミノタウロスは一種悲劇的な、ちっぽけで悲劇的なコミック調の我々の姿だ、と。

―なるほど。この考え方にあなたも同意ですか、トム?

トム:スタンリーがあれをやり始めた時は、「一体どうなってるんだ?」という感じだったし、なんで彼があのイメージを僕たちにしつこく持ち込んでくるのか見当がつかなくて――

スタンリー:そう、例のとがった耳のドローイングを描き続けたよね(笑)。

トム:こっちも「どうしたんだ、お前? 絵画制作に戻れ!」みたいな。それが、やがて……アートワークの中にあの手のキャラクターを用いるってアイディア、それは風景画群とのバランスをとるのに実に良い方法だな、と気づいた。というのも、キャラクターは僕たち、バンドのことではなかったし、何物でもない。あれはそれとはまた別のやり方……そうだな、僕は「You and Whose Army?」みたいな曲のことを考えているんだけど――あの曲には「登場人物」がいるし、誰かがいて「カモン、やってみろ」と呼びかけている。でも、そのキャラは一種の……原型(archetype)みたいなもので、クリシェすれすれ、という。何もかもがクリシェになる一歩手前だし、僕もほとんどそれをからかっているのに近い、でもそうとは言い切れない、と。そういった様々な事柄もあったし、その意味であれは僕に実にマッチした。それに当然の話、自分の思考にがんじがらめになったミノタウロスというアイディアは――あの時点での僕はそういう状態にいたわけだしね、どっちにせよ(苦笑)。


『Amnesiac』ジャケット写真とブックレットより(discogsから引用)

―創作過程と、「これで出来上がった」と感じた時とのバランスは? もうひとつやってみようと思うのか、結果に満足するのか? あるいは無期限で作業を続けていきたいと思う?

トム:プロセスの始まりは大嫌いだ。どうしてかと言えば、本当に、心底おっかないから。音楽的にも、アーティスティックな意味でも、あらゆる面でね。で、音楽に何かが伴うようになる時、僕はものすごくエンジョイするしとんでもなく興奮させられるんだ……自分には難しいんだよ、ソングライターにとって、言葉(歌詞)ってものは実に大きい、構造的なもののわけだから。一度たりとて、相手にするのを楽だと思ったことはない。あれに取り組むプロセスが楽だったことは一度もない。だから、その困難を自分が乗り越えるのを助けようとして、その周辺にあるありとあらゆるものを用いる。で、いったん単語群が形成されると、何もかもがそこに寄ってくるようになる、そこに引き寄せられる傾向がある。

スタンリー:スピーディに集まってくるよね。

トム:そう。けれども、その「何か」を見つけることってのは……闇に包まれた迷宮の中をさまよい続ける、ということであって――あの、小さな声が「これだよ!」と耳にささやきかけてきて、「あっ!?」と思う時がくるまで。で、それが聞こえると、光が一気に降り注いできて(笑)、あの素晴らしい瞬間が訪れる。ところがそこからまた、「ああぁ〜っ、どうすりゃいい??」という状態になるわけで。で、最終的にそれが仕上がった時というのは、まったくもって――もはや「自分のもの」という感覚はまったくないし、それはあらゆるレベルにおいてそう。だから、透明になってしまうんだ。目に見えないし耳にも聞こえないし、存在しなくなる。もちろん聴くことはできるけれども、それは存在しない。もうこちらに向かって語りかけてくることもなく、何も聞こえない。白紙になってしまう。仮に君(インタヴュアー)が僕だとして、君はツアー・バスに乗ってどこかの土地にいる、と。バスを降りるとファンの子がレコード・ジャケットを手に待ち構えていて、作品が彼にどんな意味を持つか語ってくれる。そこで君はあれを「再び生き直す」ことになる、そうやって誰かがそれを君に返してくれるんだよ。それは、ステージで演奏する時もそう。または(苦笑)、2年にわたって狂人沙汰をやることもできる。20年分に値する作品を見直し、自分を狂気に追い込むこともできるわけ、スケッチブックや絵画の数々をすべて眺め直しながら。そういうやり方でも、それは語りかけてくるよ。けれども、何かを仕上げた時というのは、この「余白」が生まれるんだ。完全な沈黙が訪れ、すべてが意味を失う、という。



―あなたがたは複合メディアで活動なさっています。大雑把に「サウンド」、歌詞=「言葉」、そして「ヴィジュアル」の三角関係になると思いますが、その中で、それぞれは常時影響し合っているのでしょうか?

スタンリー:絵画の中にも歌詞がたくさん含まれているしね。そこなんだ、僕たちはテキストとイメージとがとても密接に繫がっている、そのアイディアと非常に密に作業してきた。

トム:僕たちはどちらもファイン・アーツと英語を専攻したんだ。ダンは優れた執筆家でもある。だからいつもテキストをシェアしやり取りしてきた仲だし、時にそれが、目に見えない枠組みみたいなものになることもある。

スタンリー:僕にとても興味があったのは……ジェニー・ホルツァーやバーバラ・クルーガー(※共にアメリカ人現代芸術家。文章/言葉やレタリングを用いるスタイルで知られる)の作品――それからヴィクター・バーギン(※Victor Burgin。英国人芸術家)、彼は写真作品にテキストを組み合わせてね。そこから第三の何かが生まれる。

トム:僕はあれにものすごく病みつきになってた。っていうか、ふたりとも夢中だったよな。

スタンリー:うん。アイディアとしては、トムが歌詞を持ち込んでくると、僕は文字通りそれを切り刻み、順番を入れ替え、それらの紙片をナイフでアクリル絵の具を引っ掻いて埋め込んでいく、と。

トム:僕はずっと歌詞というのは一種スローガンめいたものだよな、と興味をそそられてきたしね、いずれにせよ。

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