遠野遥が語る『教育』のインスピレーション源 Perfume、横浜ドリームランド、ボカロ曲

遠野遥(Photo by Takanori Kuroda)



「翻訳部」と「演劇部」にした理由

─『教育』は、前作『破局』以上に暴力と性について描かれています。暴力もセックスも日常的に氾濫している設定は、個人的には『時計じかけのオレンジ』を彷彿とさせられました。しかも、それらが閉鎖的な空間の中で疑いもなく行われているという意味では、カルト宗教的なエッセンスも入っているのかなと。

遠野:ああ、なるほど。

─実際のところ、「Spending all my time」以外に影響を受けたものを挙げるとすると?

遠野:うーん、なんだろうなあ……。言われて思い出したのですけど、この小説を書いている途中で「参考になるかな」と思い、『時計じかけのオレンジ』は観ましたね。その影響はおそらくありました。映画の中で、主人公アレックスが、「更生」の一環として器具で目をこじ開けられ観たくもない映像を無理やり見せられるシーンがあるじゃないですか。それに似た描写が小説の中に出てきますから。本当にそういったことが行われているかは分からなくて、あくまでも学校の七不思議というかたちで語られていますが。

─ありもしない超能力開発のため、無意味な試験や訓練を強いる「学校」のばかばかしさは、現実にこの世界にも存在する無意味なルールのばかばかしさへの皮肉も含まれているのかなと思いました。

遠野:そうですね。意味がないのにそれが「是」とされ、疑問を持たずに多くの人が従っている状態というのは現実でも散見されます。例えば学校の校則や会社の風習などが、たびたび問題となっていますよね。外部の人間が見たら「いや、そんなの絶対おかしいよね」みたいなローカルルールが、いまだにまかり通っていたりする。そうした現実に対して抱いていた違和感が『教育』に投影されているのだと私も思います。内部にいる人は、そこで適用されているルールがすべてになってしまいがちだし、疑ったりおかしいと声を上げる力も次第に奪われていく。おかしなルールでも我慢して従ったほうが楽だと思っていることが結構あるのではと思い、それを小説に落とし込もうと思いました。

─「催眠」や「翻訳」「演劇」なども重要なモチーフになっていますよね。

遠野:ひと昔前に、テレビでよく催眠術のバラエティ番組をやっていましたよね。催眠術師が手を叩くと出演者が急に泣き出したり、犬になったり。当時は子供だったこともあって、「すごいことやってるなあ」と思いながら観ていました。そういう、自分が今までに見てきたさまざまなコンテンツが入った小説だなと思います。今回はかなり好きに書いたところもあり、「これ、本筋に関係あるのかどうか分からないな」と思うような挿話がいくつも入っていますよね。必要かどうか分からないけど、「自分が書いていて面白いから書く」みたいなテンションでした。

─そういう、脈絡もない挿話を差し込む上でも「催眠」や「翻訳」「演劇」は便利なツールというか(笑)。

遠野:そうなんです。それらを使って劇中劇を差し込めるんですよね。例えば主人公が「翻訳部」ではなく「バレーボール部」に所属していたら、翻訳部に比べると他のストーリーって入れづらいじゃないですか。そういう意味もあって主人公は「翻訳部」に、もうひとりの主要な人物は「演劇部」に所属している設定にした部分はありますね。

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