西岡恭蔵と細野晴臣の関係性、ノンフィクション作家・中部博とたどる

西岡恭蔵(photo by 北畠健三)



ろっかばいまいべいびい / 西岡恭蔵

田家:細野さんの1975年5月に出たソロの1stアルバム『HOSONO HOUSE』の1曲目でもありました。この曲について思われることというのは?

中部:西岡さんが細野さんの1番歌いたかった歌で、これをとにかく歌いたいということが最初にあったみたいですね。

田家:中部さんの本には恭蔵さんの思春期、子どもの頃のお話も丁寧に取材されていて。恭蔵さんが高校生の時に労音の会員で、労音のコンサートの何を見たかということを当時のプログラムを使って克明にお書きになっていましたね。

中部:恭蔵さんは高校1年生からギターを始めるんですけど、当時ポピュラーミュージックのギターを教えてくれる場所ってないんですね。結局みんな何をやっていたかと言うと、プロがやっているのを見て覚える。だから、ステージを食い入れるように見る。コンサートを聞きに行っているんだか、楽器を見に行っているんだか分からないみたいな青春だったみたいですね。それで資料がたまたまた残っていたんです。

田家:これは貴重ですよ。

中部:労音の人たちがずっと冊子を残していて、それが国会図書館にあったんですよ。

田家:すごいな。この取材力(笑)。

中部:恭蔵さんは間違いなく先輩から勧められて労音の会員になって。僕はそういうコンサートに行ったことがなかったので、労音というのを知らなかった。

田家:世代が違いますもんね。1953年生まれだもんな。「な」なんて言っちゃったけど(笑)。

中部:そうなんですよ(笑)。勤労者音楽協議会。労音についても調べ直して、そんなに大きい団体だったんだと。

田家:本の中によく出てくる評論家の田川律さん。あの人は労音ですからね。URCを作った秦(政明)さんもそういう流れですもんね。

中部:中津川のフォークジャンボリーも地元の労音の人たちで。60年代の後半はあらゆるミュージックシーンをリードしていた大きな団体だったらしいですね。

田家:その例会コンサートのプログラム、恭蔵さんが見たであろうコンサートがあって。シンガーだと雪村いづみ、鹿内孝、フランク永井、坂本スミ子、弘田三枝子、武井義明、宮城まり子、岸洋子、金井克子、アントニオ古賀、ペギー葉山、田辺靖雄とか、バンドは薗田憲一とデキシーキングス、東京キューバンボーイズ、和田弘とマヒナスターズとかシャープス&フラッツ。いわゆるビートルズ以前の日本にあったポピュラーミュージックを全部労音でやっている感じですね。

中部:その音楽のシャワーを浴びているに等しいという。恭蔵さんの中でも中学校までは小さい町だったこともあって、コンサートはなかったと思うんですけど、高校の時に浴びるようにそれを聞いているんですよね。それで吸収したものがものすごく大きかったんだと思いますね。

田家:細野さんの原点もビートルズ以前、戦後の50年代、60年代の東京で流れていたアメリカ音楽、ジャズだったりするわけで。あ、2人はここで結びついたのかという、中部さんの本を読んで確認しました。

中部:サウンドが人を結びつけているところがありますよね。

田家:どこかドリーミーなものが残っている。細野さんもそうですし、恭蔵さんもそうなんだなと。

中部:今の若い人から甘いって言われちゃうかもしれないけど、その甘さがいいんですよね。

田家:なぜ恭蔵さんが「ろっかばいまいべいびい」に憧れていたのか、中部さんの本を読んで答えが出た感じです。

中部:ありがとうございます。50年代から60年代のアメリカから進駐軍というか、GHQが駐留して占領軍にいた人たちが持ち込んだ音楽は当時の戦後生まれの団塊の世代のベースになっていることは間違いないと思いますね。

田家:この年代の人たちを語る時にたいていビートルズで括りたがるんですけど、実はその前の音楽を知ってる人がビートルズを聞いて変わった。そこを踏まえなければいけないわけで。

中部:これ突っ込んだらいいか分からないけど、ようするに当時のポピュラーミュージック全盛をビートルズが潰したって怒っている人もいるんですよね(笑)。

田家:いますよ、いますよ。

中部:これもよく分からなかったんだけど、取材して全部聞き直してみて、たしかにその怒りは本当だと思いましたね。

田家:この『ろっかばいまいべいびい』はA面とB面でトーンが違うわけですが、中部さんが選んだ4曲目はA面の曲です。「踊り子ルイーズ」。

Rolling Stone Japan 編集部

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