西岡恭蔵と細野晴臣の関係性、ノンフィクション作家・中部博とたどる

西岡恭蔵(photo by 北畠健三)



夢の時計台 / 西岡恭蔵

田家:これを選ばれているのは?

中部:ちょっと静かな曲がいいなと思ったのももちろんあるんですけれど、恭蔵さんってすごいロマンチストなんですよね。それが広い世界へ繋がっていっているみたいなところが僕はすごい好きです。

田家:これもまた本を読んでそういうことかと思ったことがあって、恭蔵さんのおじいさま西岡新松さんという方が出てきますもんね。重要な役割を果たしていますね。

中部:大変重要ですね。明治か大正の時代に海外の航路に乗っていた船員生活があって、その話を西岡さんは小さい頃に相当聞いていると思うんです。このおじいさんはお兄さんが、東京でメーカーを起こして成功していて、そこの役員でもあって、志摩にいながら毎月のように東京に行き来して恭蔵さんを連れて行ったことが非常に多いらしいんですよね。自分が海外を旅行していた、船員として海外を渡り歩いていた経験が自分を作ったというのと同じように、恭蔵さんにも東京を何度も見せていた。世界の大きさを教えていた。それから、恭蔵さんは大好きだったハーモニカを演奏するんですけど、当時で言う「ミヤタバンド」という一流ブランドのハーモニカを買い与えていたのもおじいさんで、個性を伸ばしていたというのもあると思うんですね。

田家:ハーモニカとエキゾチズムやロマンチシズムみたいなものはおじいさまから受け継いだのかもしれませんね。これは有名な話ですけれども、細野さんのおじいさまはタイタニック号の日本人たった1人のお客さんだった。2人の夢の時計台。夢が似ていたのかもしれないなというのがありましたね。

中部:喋らなくても分かるエキゾチズムと言うんですかね。異国情緒みたいなものはお互い持っていた可能性がありますね。

田家:これは2人の間に何があったのか、大きな答えではないでしょうか。中部さんが選ばれた6曲目、1979年発売、6枚目のアルバム『Yoh-Sollo』からタイトル曲「Yoh-Sollo」。

Rolling Stone Japan 編集部

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