セレブが熱狂する「類人猿」をデザインした女性

「私は現実よりも、想像の世界にいることの方に興味があった」

技法的アプローチが変化したとはいえ、しばしば彼女の作風は子供のような柔らかな驚きを秘め、それが生死にかかわる荒々しい闇と対照をなしている。「非常に個人的であり、それと同時にとてもポップでもあります」とウォン氏も言う。「彼女が用いる形状――有機的で流れるような形は、非現実的な色使いを帯びてとても幻想的です――彼女が心の奥底で物事をどうとらえているかを如実に語っていると思います。ですが同時に、ポップカルチャーというレンズを通して描かれている。あたかも世界という文脈の中で、自分自身を合理的に解釈しようとしているかのようです」

そうした感情はまさに、2021年のアート・バーゼルに出品されたコレクションのひとつ『Delirium』に現れている。不自然に膨張した少女の頭部は、大きく開いた眼光から動植物や手足が飛び出している。「これは『世の中って全部クレイジーでしょ。それでいいのよ』って言っている作品なの」とSeneca。「人の心はそういう風に動くものでしょ」

もう一つの作品『Can I Be MOther』にも同じ少女が描かれている。ただしここでは、昆虫のような瞳はパステルカラーとプリズムで彩られ、ドロっと粘着質な涙を流している。瞳から流れ落ちているのは血管か、ワイヤーか、それとも糸か? 流れ落ちた筋は、壊れたおもちゃのサルと思しきものを抱えた両手のひらにまとわりついている。「商業アーティストとして、自分をある種の代理母だと考えたの」と彼女は説明する。「アートは感情を注ぎ込んだ自分の延長だから、ものすごく私的。作品を手放すためには、ある程度自分との間に距離を置かないといけないの。この作品では、『私の作品を返してもらえない? アーティストとしてのアイデンティティを返してもらえないかしら?』と言っているのよ」

そうしたアイデンティティの一部を導いたのは、物心ついた時から彼女を悩ませてきた明晰な悪夢だそうだ。一番古い記憶は3歳の時に見た夢だ。「私はベビーカーに乗っていたの」と彼女は振り返る。「自分が小さくて、か弱い存在だという感じがしたわ」 彼女はそれ以上詳しく語らなかったが、そうしたテーマがつねに作品に滲み出ていることは本人も自覚している。コズミックホラーからインスピレーションを得ていると彼女はいうが、そうしたジャンルでもっとも恐ろしい敵は、だだっ広い未知の世界の小さな点、という存在の重みに押しつぶされそうになることだ。

「私は現実よりも、想像の世界にいることの方に興味があった」と、幼少時代について彼女はこう語る。たいてい自分の世界に引きこもり、子供時代はほとんど口を利かず、ときには「白昼夢」も経験したそうだ。

就寝前にもっとも根深い恐怖に襲われた時のことを彼女は覚えている。恐怖に真っ向から立ち向かえば、夢には出てこないだろうと考えた――だがしばしばそれが裏目に出て、逆に一晩中眠れなくなった。「眠りたくなかったの。眠りに落ちたあとの世界が恐ろしくて」


Photo by Maria Wurtz for Rolling Stone

Translated by Akiko Kato

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