田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」

TikTokはポップ音楽を意味の呪縛から解放した?

小林:音楽のエキゾチシズム消費の問題に関して言えば、ラウ・アレハンドロはTikTokでのヴァイラルをきっかけに、これだけ世界的にヒットしたわけですよね。TikTokで何かの曲が広がるとき、それは「なんとなくいい感じのBGM」として使われるわけだから、その曲のエキゾチシズムについてはほとんど意識されていないはずで。まあ、「曲やアーティストの背景に無関心であることは政治的にどうなんだ?」という話もありますけど、そこはポジティヴに捉えることも出来る。

田中:そうそう。いい意味で即物的なんだよね。俺、ピンクパンサレスの世界的なブレイク以降、TikTokっていうアーキテクチャー、プラットフォームに対する視点が自分の中でも本当にガラッと変わって、非常にポジティヴに捉えるようになったんですよ。意味や文脈で音楽に向き合うことをTikTokは破壊したと思う。

小林:まさにそうですよね。ピンクパンサレス以降に注目されているドラムンベース新世代のヒット曲で、ピリ&トミー・ヴィラーズの「soft spot」がありますけど、これはTikTokではメイク動画のBGMとしてよく使われている。もうそこでは「ドラムンベースが90年代イギリスのクラブカルチャー発祥の音楽だ」という文脈は完全に意味がない。その暴力性はやっぱりエキサイティングだと感じます。

piri & tommy villiers - soft spot



田中:2010年代半ばくらいからのポップ音楽や映画の需要における意味の呪縛というか、政治性の前景化って凄まじい勢いがあったわけじゃん。この前、これって明治初期の日本文学みたいだなって思ってさ。

小林:また明後日の方向から話が飛んでくるな(笑)。

田中:坪内逍遥の『小説神髄』ってあるじゃん。明治18年から19年に書かれた、小説とはかくあるべきだっていう小説論なんだけど。彼が否定的に捉えていたのは、江戸時代から続いていた戯作――要するに物語だよね。なおかつ、当時流行していたのは非常に啓蒙的な作品で、西洋の社会っていうのはこういうものなんだと伝える政治小説みたいなものだった。乱暴に言うと、それに対して、「いやいや、小説っていうのは写実主義に徹するべきだ」っていう主張をしたのが『小説神髄』。要はそれって「内容や主題よりもフォルムが大切だ」ってことじゃない? ここ5年間、自分がどうにも息苦しいと感じていたのは、そもそも表象文化というのは「現実をいかにキャプチャーし、それをサウンドなり映像なり、別の言語にいかに翻訳するのか?」がポイントだったはずなのに、何かしらのメッセージや物語や、想像力を伝えるためのヴィーグルに堕してしまったということだったから。

小林:特に2010年代半ばからの数年間は、音楽や映画といった表現が何よりも意味と文脈に接続されるということが起こっていた。

田中:サウンドのフォルムよりもリリックの政治的主張であるとか、フォルム自体の文化的背景からそれが搾取であるか否かとか、そういうことが重視されていた。でも、TikTokは間違いなく意味からの逸脱に寄与したんだよね。

小林:それはすごくいい傾向だと僕も思います。2020年を代表する大アンセムって、カーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンの「WAP」だったわけじゃないですか。あの曲はリリックやMVにおいて女性の主体的なセックスを非常にパワフルかつユーモラスに表現していて、その政治的なメッセージ性の内容と打ち出しの的確さを誰もが諸手を挙げて称賛した。

田中:俺とかも力説してたよね(笑)。

小林:はい(笑)。ただ、あの曲ってサウンド面から見ると、本当に何の変哲もないただのトラップで。ハッキリ言って音楽的には退屈だったわけです。あれが時代を代表するアンセムになったっていうのが、良くも悪くも2010年代的な価値観を象徴しているし、今振り返ればその集大成だったなっていう感じがするんですよね。

Cardi B - WAP feat. Megan Thee Stallion



田中:俺が今年それなりに聴いたはずなのに、秋以降、気がつくと「これはマジつまんないな」と感じるようになったレコードの代表がドージャ・キャットの『Planet Her』でさ。

小林:うん、正直ちょっとつまらない感じがしちゃいますよね。新鮮味には欠けるというか。

田中:よく出来たレコードなんだけど、めっちゃ古く感じるようになっちゃって。2010年代的な価値観で作られた最後のレコードのような気がしちゃってるという。


小林:リル・ナズ・Xの『Montero』も、良くも悪くも2010年代的な価値観の集大成という感じがしますね。

田中:ただ、俺は『Montero』のリリース日には、「もうこれが今年のベストアルバムでいいんじゃん!」と思ってた。結局のところ、『Montero』の作品としてのアクチュアリティを担保しているのは、彼のクィアとしてのアイデンティティをサウンドと言葉とヴィジュアルに見事に翻訳したということに尽きるわけじゃない? 特にそのニュアンスだよね。でも、サウンド自体には特に目新しさはない。

小林:そうですね。いい意味でラフではあるんですけど。

田中:そう、そこは『Montero』の魅力なんだよね。近年はサウンドの均質化と同時に、全般的なソフィスティケート化、高品質化という流れもあったから、すごくラフで生々しい質感を残していた『Montero』は新鮮だった。


田中:ただ、自分が秋口に感じたその感覚っていうのは、既に過去のように感じられる。じゃあ、果たして、今年にしろ、来年以降、何か共通項となるものがあるのか?っていうと、さっぱりわかんなくてさ。

小林:すっかり批評軸を見失ってますね(笑)。

田中:そう。でも、それって自分自身の価値観や視点が根こそぎ変革を強いられている渦中にあるってことでもあるから、すごくエキサイティングでもあるんですよ。

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