田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」

Rolling Stoneの年間ベストはどのような視点から作られているのか?

小林:じゃあ、2021年現在の状況と、来年以降の状況について考えていく足掛かりのひとつとして、改めてRolling Steneの年間ベストを見ていきましょうか。

田中:ザックリ言うと、どういう印象?

小林:まずRolling Stoneがオリヴィア・ロドリゴ『Sour』をベストアルバム1位に選んだのは非常に腑に落ちました。オリヴィアは今年初頭に「drivers license」で記録破りのメガヒットを飛ばして、一年を通じてセンセーションであり続けた。なおかつ、彼女はZ世代の新しい価値観をわかりやすく表象している存在でもあるし、同世代のビリー・アイリッシュと較べると良くも悪くもエクストリームというよりはコンサバティヴ。Rolling StoneはPitchforkのようにオルタナティヴ性を軸に置いているわけではないし、去年の年間ベストアルバム1位が大衆的でありながらも適度にエッジーだったテイラー・スウィフト『folklore』だったということを考えても、今年の顔としてオリヴィアを1位に選んだのは納得です。

田中:うん、Rolling Stoneとしての役割をきちんと果たしてる。


小林:で、オリヴィアが新しい世代のポップスターだとすれば、既にキャリアと地位が確立されているポップスターであるアデルの『30』を2位に持ってきたのもバランスとしてわかる。

田中:実際、これまでで一番いいアルバムだと思うし。

小林:自分としては『21』も捨てがたいかな。面白いと思ったのが、『30』ってアデルが幼い息子との会話を収録したヴォイスノートが挿入されていて、離婚をテーマにしたアルバムのメロドラマ性をさらに高めているじゃないですか。ただ、このヴォイスノートっていうアイデアはタイラー・ザ・クリエイターやスケプタのアルバムからヒントを得たらしいんですよ。その辺りのセンスも、インフローやショーン・エヴェレットの起用に繋がっているのかもしれない。だから、従来のアデルらしさと、ちょっとした冒険性が共存していて、いい塩梅ですよね。

田中:うん、同意します。


小林:で、Rolling Stoneのチャートに戻ると、3位がラウ・アレハンドロ、4位がラップのタイラー・ザ・クリエイター、5位がインディのルーシー・ダッカス。この各地域や各ジャンルを意識したバランスの取り方は、タナソウさんが冒頭で言っていたような問題意識に近い感覚が表れていると思います。Rolling Stoneはベストソングのリードで「今年はポップミュージックの世界がかつてなく広がっているように感じられた」と書いていて、そのパースペクティヴがこのランキングの作り方にも反映されている。

田中:で、彼らの視点を代表させられたのがラウ・アレハンドロだっていうことだよね。ソング16位にBTSの「Butter」が入っているのもそうだけど。


BTS / Butter



小林:韓国勢だとTWICEもベストソングの50位に入っていたのはびっくりしましたけど。まあ今回TWICEはアメリカでのプロモーションにかなり力を入れていましたし。K-POPはそれこそUSメインストリーム中心の世界でいかに成功を収めるか? っていうことを非常にロジカルに考えて、それを実践し、実際に次々と成功を収めてきた。それもまた、ひとつのリアリティとして存在するんですよね。韓国出身のアーティストで言えば、イェジとヒョゴのオ・ヒョクによるコラボトラック「29」もよかった。ああいったよりオルタナティヴなアーティストたちはK-POPとはまったく別の行動原理と戦略性で動いていると思うし。だから、タナソウさんの言葉で言えば、本当にいろんな世界線が同時に存在している。

Yaeji & OHHYUK – 29



田中:アメリカンミュージックアワードではほぼ主役の扱いだったBTSがグラミーではほぼ無視されてたりとか。もう分断とかじゃないよね。いろんな世界線が無数に存在してる。20年ほど前にしきりに呟かれた無数に島宇宙が存在するという状況が今はごく普通の実感としてある。

小林:ただBTS「Butter」よりノーネーム「Rainforest」の方が順位が上なんですね。


田中:俺的にはノーネームの「Rainforest」は今年のベストソング10曲のうちの1曲。ボサノヴァっぽいビートで、リリックは熱帯雨林、要するに気候変動の話だよね。ラディカル左翼としての彼女のスタンスは相変わらずで。資本主義社会を筆頭に、不健全かつ不条理な社会システムに対しての怒りを歌っている。でも、それをメロウかつグルーヴィなビートに乗せて、彼女最大の武器である物憂げで不機嫌な声とフロウでライムしてるところが最高。

小林:ノーネームはJ・コールとのSNS上でのビーフから発展した騒ぎを経て、もう曲は出さないと宣言したこともありましたけど、これがそのビーフ以降、初めてリリースされた曲ですよね。

田中:最初のミックステープ『Telephone』の時点から彼女は思想的にはラディカルだった。「雑誌の表紙になることはノーだ」とか、ある意味、ビヨンセみたいな存在やセレブリティカルチャー全般を真っ向から否定してたわけだし。ただ、それがソーシャルメディアではとても攻撃的に映ってしまう。でも、作品ではめちゃくちゃ説得力があるわけ。

小林:意見を表明する際の形式やトーンの問題ですよね。ある意味、彼女が炎上したのもツイッターというアーキテクチャーのせいだった。

田中:トーンポリッシング云々と批判されてもまったく構わないけど、やっぱ表現にとってもっとも重要なのはニュアンスだからさ。だから、この曲は改めてノーネームという作家のポテンシャルを感じさせたと同時に、「作品」というものの可能性を改めて痛感したな。

小林:ラディカル左翼と言えば、最近タナソウさんが「マニック・ストリート・プリチャーズ、ありなんだよ」って言ってて驚きましたけど。彼らの新作『The Ultra Vivid Lament』は全英1位を取っていますね。

田中:もうリベラルなんて言葉は何も意味してないからさ。今、信頼出来るのは、マニックスみたいな妥協を覚えた極左ですよ(笑)。リリックでは性懲りもなくジョージ・オーウェルを参照したかと思えば、サウンドはアバなんだから(笑)。


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