田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」

幾つもの世界線が混在する状況を提示した、世界の年間ベストチャート

小林:去年だとメディアが選ぶ年間ベストの1位はフィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』が圧倒的多数で、一昨年だとラナ・デル・レイの『Norman Fucking Rockwell!』だった。どちらも決して商業的に大きな成功を収めた作品ではないけど、少なくとも批評家の間ではその年の最大公約数だというコンセンサスが取れている作品が確かに存在していて。でも、今年はそれさえもない状況ですよね。ただ各メディアのベスト50枚や100枚のセレクトを見ていると、タナソウさんが最近よく言っている、いくつもの世界線がある状態という問題意識に近い発想を持っているところが多いように感じます。

田中:だから、小林くんがよく言ってるように2016年前後がむしろ特別だったんだよね。

小林:Billboardはやっぱり自分たちで全米チャートを作っているからか、そういった時代の変化を肌で感じ取っているようなところがある。彼らは年間ベストソングのリードで、「今年のトップ40は様々なサウンドとスタイルをブレンドしたアーティストたちによって推し進められ、これまでアメリカのメインストリームでリプレゼントされることが極めて稀だった世界の地域(もしくは社会の片隅)の声を内包することによってその中心が広げられた」「今年のベストソングや最大のヒット曲は、空間的にも時間的にもどこからでも現れるかのようだった」って書いていて。

田中:なるほど、なるほど。

小林:前者の問題意識は今日これまでタナソウさんが話していることと近いと思うし、後者の問題意識は2号前の対談でタナソウさんが「今の全米チャートに見ていると、まるで過去・現在・未来が溶解したかのような2020年代的状況が見て取れる」って言っていたのと近いでしょう? だから僕からすれば、タナソウさんがここ数年言っていることが、なんだか世界的に共有されてるなって感じ(笑)。

田中:俺得意の不安神経症がひたすら発動してるわけじゃないってことだ?(笑)。

小林:あと歴史が溶解したっていうことで言えば、シルク・ソニックみたいな70年代ソウルに限りなく接近したプロジェクトが大ヒットしたっていうのも、ひとつの必然のように感じますね。

田中:ただ、俺が何よりもシルク・ソニックのアルバムに関心したのは太鼓の音なんですよ。曲調やビートに合わせて、とにかく曲ごとにスネアの音色が違うし、1曲の中でもスネアの音色がきめ細やかに変わる。凄いな! と思って。だから、決して70年代の生音中心の録音を模しただけのものではない。2020年代にしか生まれなかったサウンド・プロダクションだと思うな。

小林:なるほど。


小林:この文脈に接続するのは可哀想だけど、2010年代半ばに北米メインストリームの価値観に最適化して大ブレイクしたのがザ・ウィークエンドだった。2021年の4thクォーターは彼がフィーチャーされた曲がたくさんリリースされましたけど、それが悉くつまらなかったのもなんだか腑に落ちてしまう。

田中:でも、ロザリアとやった「LA FAMA」は最高だったじゃん!

小林:あの曲はロザリアの曲だから(笑)。例えば、ポスト・マローンとの「One Right Now」はポストジャンルのラッパーとして数年前までは新しい存在だったマローンが凡庸なシンセポップに落ち着いてしまったような曲だし、再結成したスウェディッシュ・ハウス・マフィアとの「Moth To A Flame」は想定の範囲内のビッグルーム向けダンスポップだった。来たるニューアルバムではそんな冷めた見方を覆してくれることを期待していますけど。

ROSALÍA - LA FAMA ft. The Weeknd



Post Malone and The Weeknd - One Right Now



Swedish House Mafia and The Weeknd - Moth To A Flame


田中:でも、それをつまんないって言ってるのは俺たちだけかもしれないけど(笑)。ただ実際、今年自分が興味を持っていたのは、相変わらず西アフリカや、英国を経由した西アフリカのビートだった。

小林:ナイジェリア出身のテムズとか、ガンビア出身のパ・サリュみたいなアフロビーツ周辺の作家ですよね。我々も含め、全世界が見過ごしてしまった去年のウィズキッドのアルバム『メイド・イン・ラゴス』に入ってたテムズが客演した「Essence」に今年になって脚光が当たって、遂にはまたジャスティン・ビーバーを客演に迎えたリミクスがさらなるヒットになった。

田中:ドレイクもちゃっかりテムズと一緒にやってるし。

Tems - Crazy Tings



Pa Salieu – Lit



WizKid - Essence ft. Justin Bieber, Tems


小林:ニューヨークのアンダーグラウンドヒップホップも面白かった。そして、やっぱり引き続き面白かったのは、ロザリアにしろ、セー・タンガナにしろ、去年のカリ・ウチスにしろ、スペイン語圏の音楽。もはや「スペイン語圏の音楽」という括りも反動的な気もしますけど。ただ、どれか一つを取り上げて「これなんだ!」と声高に叫ぶ気分にもならないという。

田中:そうそう。でも、その「これなんだ!と声高に叫ぶ気分にもならない」ってのがすごく大事なことな気がしてるんですよ。Rolling Stoneがベストソング8位に選んだラウ・アレハンドロ「Todo de Ti」の短評に彼のコラボレーターの発言が引用されてたじゃん。「英語圏の人にとってはこれは単なるポップレコードだ。でもスペイン語圏の人にとっては、彼と同じジャンルのアーティストで同じことをやっている人はいないし、彼のような成功を収めているアーティストもいない」っていう。

小林:なるほど。

田中:要は、「俺らからしたら、めっちゃ新しいんだよ」ってことでしょ。

小林:それぞれのリアリティがあるんだから、一方のリアリティから批判的なことを言っても意味がないということですよね。だからこそちょっと思い出してしまうんですけど、これまでもよく日本の評論家が「海外ではこれを誰もが知っているのに、日本では誰も気にも留めていない」って言うと、それに対して日本の文化しか見ていない人たちは、ラウ・アレハンドロのコラボレーターの発言と近い反論をしてきたじゃないですか。要するに、日本には日本のリアリティがあるんだから、必ずしも海外のそれに合わせる必要はないっていう。その物言い自体は全くその通りなんですよ。そこで、「海外ではみんな知ってるんだから、日本人も聴かなくちゃいけない」って言い出したら衝突が起こる。だから、海外のリアリティ、日本のリアリティ、日本から海外を見ている人のリアリティがあるっていうことをそれぞれが理解して尊重するしかないよねっていうのが、ここ10年くらい日本でその手の衝突を見てきた自分のひとまずの結論ではありますけど。

田中:で、俺も小林くんもYOASOBIの音楽には特に取り立てて興味はない。でも、Timeはベスト10に選出してる。ホントいろんな世界線が存在してて、どれが正しいとも言えなくなった。

小林:ただ、結局のところ、Rolling Stoneはアメリカのメディアとしての立ち位置からいろんなものを位置づけるしかないですよね?スペイン語圏ではそのようなリアリティがあるということを理解し、それを踏まえながら、最終的には自分たちの立場からの意見を表明するということになっているのでは?

田中:で、我々もまた然りだと。何年か前に曽我部(恵一)君が「海外と日本ではもう音楽が生まれてくる基盤も受容される基盤も違うから、それをひとつのチャートの中に収めるのは無理なんじゃない?」って意味のことを言っていて。ただ、客観性っていうのはもう存在しないのかな?

小林:自分とは違うリアリティがあるということを踏まえる、ということ以上の客観性って持ち得るんですかね? ちょっと自分にはわからない。

田中:でも、それを交わらせようとする欲望の発露がチャートなんじゃないの? で、もはやそれを無益だと思っている自分もいながら、それをやらないと意味がないでしょ、と思っている自分もいるという。いや、これはもはや俺の人生相談だね(笑)。

小林:(笑)でもオリヴィア・ロドリゴが今年最大のセンセーションであって、今年の顔なんだっていうRolling Stoneのチャートは、アメリカに住んでいるからこそのリアリティじゃないですか。日本人にはピンと来ない感覚だと思うんですよね。だからRolling Stoneのチャートは基本的にはアメリカ的な価値観だなと思います。もちろん出来る限りの客観性を持とうとしているのはチャートのバランスの良さから感じますけど。各メディアがある程度の主観的な価値観を含んだ意見を表明することで、いろんな価値観のグラデーションが見えてくるわけだから、むしろ積極的に出していった方がいいとも思いますし。もちろん極端に独りよがりなチャートは論外ですが。

田中:要は、主観からは逃れられないんだから、客観を意識した上での主観をひとつのパースペクティヴとして提示していくしかないってこと?

小林:で、その集積があることに意味があるんじゃないか?っていう。

田中:つまり、逆に言うと、各チャートの点数を集計したMetacriticみたいなものなチャートこそがもっとも悪しき存在だってことだ?

小林:そうですね。いろんな主観を手軽にまとめてチェックする上では便利だけど、そこではじき出される平均点には何も意味がないと思う。

田中:賛成(笑)。でも、いろんなメディアの年間ベストの共通項として、ピンクパンサレスがいたっていうのも面白いよね。

pinkpantheress - just for me


小林:ピンクパンサレスは想像以上にいろんなメディアの年間ベストに入っていましたね。特にアメリカではこれまでドラムンベースってまともに受容されたことがないから、ピンクパンサレスで初めて聴いたっていう人も少なくないと思うんですよ。そういう意味ではアメリカでは本当に新しいものとして映っただろうし、イギリスでは90年代から続くクラブカルチャーの伝統を受け継ぎつつ、TikTok以降の感覚でそれを読み替える新世代っていう風に映ったはず。そこにもリアリティの複数化問題があるんだけど(笑)。

田中:俺がよく言ってるレディオヘッドのアルバムタイトル『A Moon Shaped Pool』――つまり、誰もがたったひとつの月を見てるつもりでも、実はそれぞれが水溜りに映った月を見てるって話だ?

小林:そうそう(笑)。ただ、びっくりしたのが、アメリカのNPRは年間ベストのヴィジュアルでピンクパンサレスの公式サイトの世界観を意識していることで。20年くらい前のインターネットのデザインを使っているっていう。それくらい象徴的なものとして捉えられている。

田中:でも不思議だよね。ピンクパンサレス以降のドラムンベースをキュレートしているSpotifyのプレイリスト「Planet Rave」を聴くと、新しいドラムンベースだけじゃなくて、エイフェックス・ツインや90年代英国のレイヴ音楽も入っているし、ヴェイパーウェイヴとかハイパーポップも入ってる。この「Planet Rave」の括り方が正しいかどうかはひとまず置いておいたとして、それがひとつの共通項になっているわけだよね。これもBillboardチャートの歴史が溶解した状態とすごく似ている。新しさと古さが混ざり合っていて、そういう意味では今年っぽい。

小林:ピンクパンサレスが自称するニューノスタルジックっていうのは、そういうことでもあるでしょうし。

田中:でも、それが批評家の目からは、未来として映っているわけでしょ?(笑)。

小林:Timeは「未来のサウンド」って評していましたね。そういうねじれもある。

田中:やっぱ楽しくなってきたな(笑)。

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