田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」

誰もが自分の主観に閉じ込められている世界で、どんなパースペクティヴを提示できるか?

田中:今回の対談はまったくまとまらないまま、ひたすら問題意識だけをぶん投げたような感じになっちゃったね。

小林:まあ、たまにはそういう回があってもいいじゃないですか。最後もまとめずに、さらにぶん投げていきましょう。

田中:(笑)でも改めて歴史を振り返ると、マスメディアがない時代は山の向こうでは何が起こっているかがわからなかったのが、マスメディアが発達して、自分たちは世界を把握できるんだっていう幻想が担保されていた時代が訪れた。でも、21世紀頭にインターネットが普及し、2010年代頭にソーシャルメディアが普及して、それに伴ってマスメディアが失墜したことで、そんなの幻想以外の何ものでもなかったということがようやく実感としてわかるようになった(笑)。

小林:誰も現実を把握することなど出来ないんだと(笑)。

田中:ただ、今って『A Moon Shaped Pool』的な時代なわけじゃないですか。誰もが自分の主観に閉じ込められているのは明らかなのに、いや、全体を把握できるんだっていう錯覚に陥っている人たちが自らの主張を声高に主張することでいろんな衝突を生んでいる。

小林:わかります。最近は陰謀論者っていう言葉が一般化しましたけど、それって自分だけは世界の真実にアクセス出来ているっていう錯覚を信じ込んでいる人の呼称じゃないですか。でも、今は誰もが他人のパースペクティヴは疑っても、自分のパースペクティヴは信じ込むようになっている。それはネットやSNSっていう情報摂取に利用するメディアの構造的問題だと思いますけど。

田中:世界総陰謀論者の時代だ(笑)。で、そういった状況が確実に音楽シーンにも反映されている。我々にもあるじゃないですか、全体を把握したいという欲望が。

小林:ポップ原理主義者のタナソウさんには特にあると思います(笑)。

田中:いや、俺が言うポップというのは、価値観の共有じゃなくて、誰もが使うことの出来る新たな言語の誕生を指してるわけだからさ。異なる価値観を持った人々が一つの価値観を共有することを望んでいるわけじゃなくて、異なる価値観同士に橋をかける新たな共通言語としてのフォルムが生まれることに興味があるの。だから、アフロビーツだ!とか、ドラムンベースだ!とか言っちゃうんだけど。

小林:ただ、いずれにせよ、全体を把握しようとすることはもはや不可能だし、自分自身の主観を振りかざすことも無益だ、と。

田中:その中で何をやれるのか?っていう地点に我々はいる。「もはや全体は把握できないんです」っていうごく当たり前のことを改めて言いながらも、そういった状況の中で、どんなパースペクティヴを構築し、そこから見えた景色をどんな風にアウトプットするのか?――それって、自分の半径5メートルのリアリティの外側にある事象をどう享受していくか? っていう政治的な課題だよね。我ながら非常にハードルの高い課題だと思うけど。

小林:でも取り組み甲斐がある課題でもありますよね。

田中:新しい課題を与えられた年っていう感じ(笑)。このカオスを楽しみながら、そこに何かしらのコスモスを見出すことは可能なのか? なので、そんな、到底不可能にも思える課題を自分の仕事の中心に置くことが非常に面白いと感じられる1年でした(笑)。

Edited by The Sign Magazine

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