米スーパーボウル・ハーフタイムショー、歴代出演者の格付けチェック(2022年改訂版)

18位:シャナイア・トゥエイン、スティング、ノー・ダウト(2003年)


Photo by Al Bello/Getty Images


彼女のパフォーマンスは、キャリアを台無しにしかねないほどひどかった。だがスティングとグウェンが救済に駆け付けた。2人はあうんの呼吸でハモりながら「Message in a Bottle」を披露した。グウェンはこうした役回りに天性の才能を備えている。いかにもアメリカらしいエネルギーで、地元南カリフォルニアの観客を盛り上げた――「Just A Girl」で会場を総立ちにさせた――彼女に再びお呼びがかからないのが不思議なくらいだ。ボーナスポイントは、クリス・バーマンの締めの一言。「スティングがレイダースのオフェンスの声を代弁してくれました!」(訳注:前半終了時点でレイダースがボロ負けしていて、そこへスティングがSOSと歌ったことを指している)



17位:ザ・ウィークエンド(2021年)


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初のパンデミック・スーパーボウルで、ザ・ウィークエンドことエイベル・テスファイはソーシャルディスタンスを保つという制約を最大限に活用した。収容人数の半分に満たないスタジアムで、彼はゲストやデュエットに頼ることなく、自分一人のパフォーマンスで全てをまっとうした。エネルギーレベルこそ低かったが、派手なセットデザインは「Can’t Feel My Face」の疎外感にぴったりで、特にグロテスクな包帯をしたロボットミイラのダンサーが押し寄せたときにその効果を発揮した。11分過ぎに披露されたスージー・アンド・ザ・バンシーズ「Happy House」の奇妙な演奏は、スーパーボウルの歴史において最もゴシックな瞬間だったのではないか。




16位:ブルーノ・マーズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(2014年)


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ブルーノ・マーズとは勇気ある選択だった――与えられた枠を埋めるだけのレパートリーがあるのか人々は疑問視した。だが彼はあのドラムソロですぐに自分が適任であることを証明した。オールドスクールR&Bの動き、ジャッキー・ウィルソン風のリーゼント、ジェームズ・ブラウン張りのスーツ、そしてアイズレー・ブラザーズの「Shout」をカバーして、90年代のモータウン祭りを思わせるハーフタイムショーを見せてくれた。そしてレッド・ホット・チリ・ペッパーズにバトンタッチ。彼らは彼らで勇気ある選択をした。誰もが予想していた通り、自分たちの最大のヒット曲に合わせて上裸で飛び回っただけだった。


15位:ダイアナ・ロス(1996年)


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史上最もディーバらしいハーフタイムショー。輝くクレーンからステージに降り立ちながら、ミス・ロスが「カモン、ワールド!」と叫ぶ。「素晴らしい景色を見せてあげる! この超スーパーなスーパーボウルで!」。 ステージ演出はお粗末な出来だった――スプリームスのメドレーでは、真っ赤なベストのダンサー軍団と衝突するんじゃないかと心配せずにはいられなかった。だがあのエンディングたるや。ダイアナが「あら――お迎えが来たわ!」と告げると、ヘリコプターが着陸し、いかにもディーバらしく退場。スーパーボウル関係者は明らかにこのショーがお気に召したらしく、その後90年代はずっと60年代ソウルレビューが続いた。


14位:コールドプレイ、ビヨンセ、ブルーノ・マーズ(2016年)



コールドプレイに拍手――ビヨンセの前座という難題に直面した大方のバンドは、都合よくインフルエンザにかかってしまうものだから(間にブルーノ・マーズの「Uptown Funk」を挟むよりは、インフルエンザの方が面白かったかもしれない)。クリス・マーティンとその仲間たちは素晴らしい「Viva La Vida」を披露したが、やはりビヨンセがメインアトラクションだったことは間違いない。ブラックパンサーの衣装に身を包んだダンサーたちを引き連れての「Formation」世界初公開。わずか2分間の触り程度だったが、その後のショーをかすませるには十分だった。


Translated by Akiko Kato, Rolling Stone Japan

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