ビッグ・シーフが語る、バンドの絆と探究心「私たちの音楽は道しるべであってほしい」

 
ノンストップの芸術的アウトプット

こうして生まれたアルバムは、さまざまなテクスチャーを純化させてひとつのステイトメントにまとめ上げる、というビッグ・シーフの特技の集大成のような印象を与える。ロックでエネルギッシュな「Little Things」、ドラムマシンのビートがポップな「Wake Me up to Drive」、素朴なフォークソング「Certainty」が、ひとつの大きなテーマのもとに融合しているのだ。「エイドリアン(・レンカー)のソングライティングには、多種多様な側面がある」と、ニューアルバムのプロデューサーを務めたクリヴチェニアは言う。「『すべてを収録できたら、どんなに素晴らしいだろう』と思ったほどだ」

トラウマ、失恋、自然に関する感動的な物語と、音楽と歌詞の両方の観点から見て新しい“軽さ”がニューアルバムの至るところに散りばめられている。この“軽さ”は、ニューアルバムの前面に押し出すことに徹底してメンバーがこだわったレンカーのソングライティングを支える要素でもある。クリヴチェニアは、レンカーが捨て曲とみなした「Spud Infinity」を聴いたときのことを振り返る。曲の中でレンカーは、「フィニッシュ」と「ポテトクニッシュ(訳注:マッシュポテトや野菜などが入ったマンハッタン名物の伝統的なユダヤ料理)」で韻を踏んでいるのだ。「聴いた瞬間、『エイドリアン、泣けてきたんだけど』って思ったよ」とクリヴチェニアは言う。「すると、『でも、ガーリック・ブレッドって歌ってる。歌詞にガーリック・ブレッドは、さすがにナシじゃない?』という返事が返ってきた」



「Spud Infinity」は、シンガーソングライターのトウェインことマット・デイヴィッドソンのフィドルの音色をフィーチャーした、収録曲の中でも軽快でルーツ色の強い楽曲だ。こうした側面は、ビッグ・シーフがいままで明かしてこなかった音楽的関心を表している。「バック(・ミーク)と初めて会ったとき、アイリス・デメントやジョン・プライン、ブレイズ・フォーリーをきっかけに仲良くなった」とレンカーは言う。「深いところで私たちを結びつけているものなの」

その間、ビッグ・シーフが“自己”という内的な感覚を失うことはなかった。「一人ひとりが、ビッグ・シーフらしさを測るバロメーターを持っている」とクリヴチェニアは言う。「楽曲の中には、聴き直して『ワオ、これを聴いたらみんなぶっ飛ぶね……でも、ビッグ・シーフらしくないな』という感想を抱かせるものもあった」

2016年のデビュー以来、ビッグ・シーフは驚くほど多くの作品をリリースし続けている。コロナ禍で多くのアーティストがロジスティクス面とクリエイティブ面の両方で壁にぶつかったときも、4人中3人のメンバーがソロLPを発表した。ニューアルバム用にレコーディングした楽曲は、ざっと数えて45にのぼる。少なくとも、もう1枚アルバムが出せるほどのボリュームだとクリヴチェニアは言う。「それぞれのメンバーには、『あの曲がボツになるなんて、信じられない』と思った曲が4つくらいあるはずだ」

レンカーは、こうしたほぼノンストップの芸術的アウトプットが良くも悪くもビッグ・シーフの成功に貢献したことを誰よりもひしひしと感じている。ビッグ・シーフの音楽がハイエンドなカフェのBGMに使われるようになり、音楽ストリーミングサービスのプレイリストを通じて消費されるにつれて、レンカーは今日の音楽業界におけるビッグ・シーフの役割に対してますます慎重になった。そんなレンカーは、この業界を「根本的に不完全で、多くの場合において有害」なものと見ている。

こうしたパラドックスは、2000年代初頭〜中頃にNYブルックリンを拠点にボヘミアンな活動していたレンカーとミークから生まれたバンドには、いかにもふさわしくない。ビッグ・シーフほど音楽づくりを愛する素朴なアーティスト&フォーク集団が、ストリーミング時代のインディー・ロックというはしごの上位、ひいては消耗品としてのコンテンツという地位を受け止めることなど、果たして可能なのだろうか?

「私たちはマシーンの一部で、まだ理解できていない」とレンカーは言う。「でも私は、こうした状況を根本から変えたいと願っている。この業界、そして音楽や芸術の世界の内側から、何らかの方法で別の風潮を生み出す手助けがしたい……。この業界は、男性が支配する、白人至上主義的なもの。だから人々がジェンダーや肌の色、性的指向といった固定観念に縛られない空間を創出したい。これは、生涯をかけて追求する価値のある仕事だと思う。でも私は、まだ半分も理解できていない」

Translated by Akiko Kato

 
 
 
 

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