西岡恭蔵「病と闘いながら生み出した名曲の軌跡をたどる」

西岡恭蔵(photo by 北畠健三)



コーヒー・ルンバ / KYOZO & BUN

田家:ご存知、西田佐知子さんの大ヒットとなりますけども。

中部:これはやっぱり、恭蔵さんがスタンダードミュージックというのを自分で目指すんですよね。他のスタンダードミュージックを初めて取り入れていこうとしている時期の曲なんですけれど、こういう歌を作りたかったんだろうな、と。

田家:先週の話の中に、恭蔵さんは高校生のとき伊勢の労音の会員で、労音の例会に来た当時の日本のミュージシャンバンド、歌手などの音楽をシャワーで浴びるように聴いていたという中部さんのお話がありましたけど、この「コーヒー・ルンバ」なんかは、ビートルズ以前の日本のちょっと中南米がかった歌謡曲の代表ですもんね。

中部:本当にいい曲だなと思うし(外国のスタンダードナンバーを取り入れる)日本の歌謡史の分厚さを感じますよね。恭蔵さんはこういうものを手掛けていこうとしていた。「プカプカ」がみんなに歌われる歌になったというのもあって、スタンダードミュージックを目指すというところに行ったんだと思います。でも、それはとても大変なことですよね。みんなに歌ってもらわないといけないし、消費されることによって生き残るという、すごい音楽だから。それを目指していった。この時ちょうどレコードからコンパクト・ディスク、CDにメディアが移る間に、カセットテープで売るというアルバムで。車のカーステレオもカセットだった時代ですから、カセットで音楽を売る時代がちょっとあって、それはレコード店ではなくて本屋さんで、例えば小さな本、薄い本をブックレットとして入れて。カセットブックというのがちょっと流行った時期があるんですよ。

田家:小学館でも作ってましたからね(笑)。

中部:このカセットブックは、ちょっと深い話を……60代、70代の人はご存知だと思うんだけど、『プレイガイドジャーナル』という、若者の文化を一気に進めた関西発の情報誌があったのですが。

田家:東京の『ぴあ』、大阪の『プレイガイドジャーナル』。

中部:その前にURCの『フォークリポート』という、フォーク専門の機関誌があったんだけど、その編集長だった村元(武)さんが、このカセットブックを作ろうと行って、恭蔵さんを誘いに来るんですね。『プレイガイドジャーナル』は、普通の東京の人は知らなかったんじゃないですか。

田家:僕は『新宿プレイマップ』だから(笑)。

中部:今の話が分かるっていうのも、ちょっと若い人には無理かもしれない(笑)。

田家:東京に『ぴあ』があって、大阪に『プレイガイドジャーナル』があったというのは西と東の情報誌の草分けですからね。その村元さんがカセットブックをお作りになった。

中部:そうなんですよ。恭蔵さんは久しぶりにアルバムができるというんで、ものすごい張り切ったみたいですね。毎日手紙が来たって言ってましたよ、村元さんが。

田家:何が書いてあったんですかね。

中部:録音が始まったら、毎日今日は何をやってどうしたってことを報告してたんです、手紙で。メールの時代じゃないですから。

田家:先週も名前が出ていた関西人脈、大阪人脈のある種の連帯感の強さでもあると思うんですけど、阿部登さんがこのカセットブックの共同プロデュースだった。大阪の人たちにとっての恭蔵さんというのは、応援したい人の代表みたいなところがあったのかなと思ったんですよね。

中部:それはそうだと思います。まぎれもなく大阪以外から生まれてこない人だというふうに、自分たちで思っていたんじゃないですかね、西岡恭蔵さんのことを。だから完全な仲間だし、本当に自分たちの存在を高らかに表す1人のシンガー・ソングライターであったことは間違いないと思います。

田家:そのカセットブックからもう1曲お聴きいただきます。KYOZO & BUNで「4月のサンタクロース」。

Rolling Stone Japan 編集部

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