ロバート・グラスパー『Black Radio III』絶対に知っておくべき5つのポイント

2. 『Black Radio』が提示した新しいフォーマット

2012年発表の『Black Radio』は(ジャズではなくR&B部門で)グラミー賞を受賞。翌年発表の続編『Black Radio 2』とともにセールス面でも大きく飛躍した、グラスパーの代表作である。

僕は以前、グラスパーと2005年に契約したブルーノートの前A&R、イーライ・ウルフを取材したことがある。イーライは同年発表の『Canvas』から『Black Radio 2』(2013年)までグラスパー作品のプロデュースも手掛けてきた。もともとはヒップホップのDJで、Jディラにブルーノート楽曲のリミックスを依頼したりもしてきた人物だ。

イーライは『Black Radio』について、「ロイ・ハーグローヴ率いるRHファクター『Hard Groove』(2003年)のグラスパー版を作ろうというのが始まりだった」と語っていた。

ロイは当時、若手トップのジャズ・トランぺッターでありながら、ソウルクエリアンズの一員としてディアンジェロ『Voodoo』、エリカ・バドゥ『Mama’s Gun』、コモン『Like Water for Chocolate』に参加していた。彼はジャズのアイデンティティと、ヒップホップやR&Bの現場で培った経験の両方を活かし、独自の音楽を作ろうとしていた。そうして生まれた『Hard Groove』は、ジャズやセッションのシーンに多大な影響を与えることになる。



かくして、RHファクターは最初のツアーに出るわけだが、そこでレギュラー・ピアニストのボビー・スパークス(現在はスナーキー・パピーの鍵盤奏者)の代役として起用されたのが、若き日のロバート・グラスパーだった。

グラスパーは当時、大学の同級生であるR&Bシンガーで、ソウルクエリアンズとも活動していたビラルのデビュー作『1st Born Second』(2001年)に関わっており、NYやフィラデルフィアで催されたネオソウル系セッションの常連でもあった。RHファクターに召集されたのも頷けるだろう。



『Black Radio』収録曲「Letter to Hermione」のパフォーマンズ映像。ビラルは『同2』にも客演、近年もグラスパーとの共演多数。

『Hard Groove』はジャズ奏者やソウルクエリアンズの面々によるラフなセッションが中心で、エレクトリック・レディ・スタジオにて即興のラップや歌を乗せたジャム音源を、エンジニアであるラッセル・エレヴァードが多少の手を加えてまとめた作品だった。しかし、グラスパーが『Black Radio』でめざしたのは、『Voodoo』のような緻密なスタジオ・ワークとも、『Hard Groove』におけるセッション的なラフさとも一線を画すものだった。

『Black Radio』に録音された演奏はほとんどワンテイク。それなのに、綿密なポストプロダクションを施したかのような完成度を誇っている。さらに、歌が中心にあるポップな作りであるはずなのに、バックの演奏には独特の緊張感がある。この緊張感をもたらしているのが、ジャズ・ミュージシャンならではの繊細さや大胆さを持ち合わせた演奏で、それによってこれまでに聴いたことがない情感や質感があった。

グラスパーはここでソロを意図的に省いており、ゲスト陣の声を前面に立てようとしているが、結果的に『Black Radio』はミュージシャンの凄まじい演奏スキルが多く語られる作品となった。一発でOKテイクを決める集中力、それを可能にする精度の高さ、さりげなく込める遊び心のバランスを含んだ演奏は、はっきり言って超人的だ(もちろん、その演奏のうえで歌うラッパー/シンガーにも、ジャズやヒップホップ、R&Bなど複数の文脈を行き来できる感性やテクニックが要求されるわけだが)。



『Black Radio 2』のライナーノーツには、こんな一文が太字で添えられている。

“There are No Programmed Loops on This Album. Everything You hear was played live.”
(本作にプログラムされたループは入っていない。聞こえるのはすべて生演奏である)

『Black Radio』はひとつの完成されたフォーマットを提示し、明確に「以前・以後」を作り出した。リスナーは演奏に宿る技術や意図だけではなく、上述してきたような文脈まで聴きとるようになった。その状況が多くのミュージシャンを勇気づけ、彼らのチャレンジを後押ししたことは言うまでもない。

僕自身もジャズ評論家として取材を重ねながら、「自分たちがやっている音楽の新しさが理解されるようになった」と希望や自信を口にするミュージシャンを何度も目の当たりにしてきた。グラスパーの成功は、シーン全体の意識にも変化を起こしたのだ。

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