ロバート・グラスパー『Black Radio III』絶対に知っておくべき5つのポイント

4. 『Black Radio III』における変化と一貫性

グラスパーはもちろん、懐古趣味でベテランばかり揃えているわけではない。今回の『Black Radio III』では、H.E.R.やイェバといった若手シンガーや同世代の起用も目立つ。もちろん、H.E.R.は昨年グラミー賞とアカデミー賞を獲得しており、イェバもサム・スミスやエド・シーランとの共演に加えて、ジャズ界隈でも早くから注目を集めてきたわけで、あくまで実力重視というスタンスは今回も揺らいでいない(H.E.R.は2021年、ハリウッド・ボウル公演のオーケストラ・アレンジを、「グラスパーの右腕」ことベーシストのデリック・ホッジに委ねている)。


イェバは、グラスパーが2019年に発表したミックステープ『Fuck Yo Feelings』にも参加

また、『Black Radio III』では、これまでノラ・ジョーンズを除いて起用してこなかったジャズ界隈から、エスペランサ・スポルディングとグレゴリー・ポーターを起用している。彼らは2012年にソウル/R&B寄りの傑作『Radio Music Society』『Be Good』をそれぞれリリースしており、両者のヴォーカリストとしての可能性をさらに引き出すための起用だろうと僕は見ている。

『2』から『III』に至るまでの大きな変化としては、グラスパーが拠点をNYからLAに移したことが挙げられる。その背景には盟友テラス・マーティン(ケンドリック・ラマーのプロデューサー)との活動が増えたことが大きく、2019年のミックステープ『Fuck Yo Feeling』ではラプソディやSiR、『Black Radio III』ではタイ・ダラー・サイン、D・スモークなど、テラス経由と思われるLAのラッパーが集結している。


『Black Radio III』参加アーティストの関連曲をまとめたプレイリスト

グラスパーのLA移住についてはもう一つ、2016年にマイルス・デイヴィスをモチーフにした映画『Miles Ahead / マイルス・デイヴィス 空白の5年間』の音楽を担当して以来、2020年公開の映画『The Photograph』サントラなど、映画やTVの仕事が増えたことも関係しているようだ。『グリーンブック』のクリス・バワーズ、『ソウルフル・ワールド』のジョン・バティステをはじめ、ミシェル・オバマのドキュメンタリー『マイ・ストーリー』(原題:『Becoming』)に携わったカマシ・ワシントンなど、映画の世界で活躍するアフリカン・アメリカンのジャズ音楽家が近年増えている。グラスパーもこのあと、90年代にウィル・スミス主演で大ヒットしたTVシリーズ『The Fresh Prince of Bel-Air』リメイク版の音楽をテラス・マーティンと共に手掛けることを発表している。

ジェニファー・ハドソンを『Black Radio III』に、アンドラ・デイを『Fuck Yo Feeling』に迎えているのは、そんな話とも関係あるのかもしれない。前者は『リスペクト』でアレサ・フランクリン役、『ドリーム・ガール』でスプリームスを模した役を務め、後者は『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』で主役のビリー・ホリデイを演じている。この起用もまた、グラスパーが追求してきたオーセンティシティそのものだろう。




グラスパーが映画やTVの業界に進出するうえでは、先に役者業で活躍していたコモンやヤシーン・ベイの存在も大きかったはずだ。特にコモンとは『Black America Again』 (2016年)など近作でも密接にコラボしている。同作収録の「Letter To Free」は、アメリカの構造的な人種差別による黒人の大量投獄を告発したドキュメンタリー映画『13th』に使われているほか、グラスパーも交えてオバマ政権時代のホワイトハウスでも演奏された。この「構造的な人種差別」というテーマは、そのまま『Black Radio 3』にも受け継がれている。



コンシャス・ラッパーの代表格であるコモンと同様、グラスパーもアフリカン・アメリカンのコミュニティについて積極的に発言し、みずからの音楽を通じてメッセージを発信してきた。2015年作『Covered』でのケンドリック・ラマー「I’m Dying of Thirst」のカバーも振り返っておこう。原曲ではケンドリックが生まれ育った地域におけるアフリカン・アメリカンたちの貧しさや不平等、人種差別、そこから起きる暴力や殺人を歌っていて、殺された仲間のために報復を行おうとする青年たちを女性が諭し、祈りをささげ、報復を思いとどまるストーリーが描かれている。その曲にグラスパーは、エリック・ガーナーやマイケル・ブラウン、トレイヴォン・マーティンなど警官により殺害された黒人たちの名前を読み上げる言葉とともに、優しく祈るようなピアノを重ねていた。

そう考えると、『Black Radio III』でキラー・マイクとの邂逅を果たしたのも頷ける。ラン・ザ・ジュエルズのラッパーでありながら活動家としての顔も持ち合わせ、2020年にBLM運動が過熱するなかで行われたスピーチも記憶に新しいところ。彼をフィーチャーした『Black Radio III』のリード曲「Black Superhero」にも、コミュニティへの眼差しが感じられる。




キラー・マイクの演説と同じ頃、BLMと呼応するようにテラス・マーティンが「Pig Feet」、コリー・ヘンリーが「Don’t Forget」、キーヨン・ハロルドが「MB Lament」という楽曲を発表している。社会問題を作品に反映させるのは、グラスパーがたびたび尊敬の念を語ってきたニーナ・シモンの言葉「アーティストには時代を反映させる責任がある」にも通じるもの。グラスパーは2015年にニーナ・シモンのトリビュート・アルバム『Nina Revisited...』をプロデュースしているほか、過去にはコモン、ミシェル・ンデゲオチェロ、レデシーがニーナのトリビュート盤を制作しており、グレゴリー・ポーター、ラプソディ、アンドラ・デイもニーナに捧げた楽曲やカバーを録音している。グラスパーの周りに集まる音楽家たちは、みんな深い部分で共鳴し合っているのだろう。





グラスパー周辺を中心に、ニーナ・シモンのカバー/サンプリング曲を集めたプレイリスト

グラスパーの音楽は怒りや抗議だけでなく、慎みながら寄り添うやさしさも備えている。グラミー賞にも輝いた『Black Radio 2』の収録曲「Jesus Children」は、2012年12月に起きたサンディフック小学校銃乱射事件の被害者たちに捧げられたもの。ここでグラスパーはゴスペルそのものなアレンジと、レイラ・ハサウェイの歌声によって荘厳な祈りを奏でている。彼女に対するグラスパーの信頼は深く、唯一のシリーズ皆勤賞となった『Black Radio III』では、ティアーズ・フォー・フィアーズのカバー「Everybody Wants To Rule The World」をコモンと披露している。

ちなみに、グラスパーの音楽家人生の始まりは、ゴスペル・シンガーだった母に連れられた教会で伴奏してきたことだった(その母親を、彼もまた悲しい事件で失っている)。『Black Radio III』でゴスペル界隈のミュージシャンを多く迎え入れているのは、そんな背景も関係あるのだろう。コリー・ヘンリーはゴスペル界が生んだ気鋭のオルガン奏者で、近年のカニエ・ウェスト作品に貢献してきたアント・クレモンズは、カニエ率いるサンデー・サーヴィス・クワイアのメンバーでもある。マルーン5の一員としても知られるPJモートンは、2020年にゴスペル・アルバム『Gospel According To PJ』を発表している。

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