「ロックと女性の物語」ベストセラー小説『デイジー・ジョーンズ』はどう生まれた?

『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』

70年代の西海岸ロックシーンを駆け抜けた架空のロックバンドの物語を、メンバーや関係者による架空の回想インタビュー(オーラルヒストリー)で紡いだ米ベストセラー小説『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』が日本でも話題を集めている。「デイジー・ジョーンズは、女性たちによる芸術に違った角度から光を当てると同時に、自分自身の声で語ることの重要さを訴えている」と語るのは著者のテイラー・ジェンキンス・リード。シスターフッドの物語としても支持を集めている音楽小説は、一体どのようにして生まれたのか?

オーラルヒストリーを仕上げてみようと挑んだことのある者なら、それが決して一筋縄ではいかない作業であることをわかっている。百とまではいわないにせよ、数十の単位には及ぶだろう時間にわたって実施された、それも複数の人間を相手にしたインタビュー素材を適宜編み上げ、一貫した語りの中に落とし込もうとすれば、それこそ頭がおかしくなりそうになる。それゆえ著者のテイラー・ジェンキンス・リードが、70年代の架空のロックバンドを扱った最新作『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』にこのスタイルを採用しようと決めたことは、ほとんどマゾヒスティックな荒行にも見える。

「作品の世界にどっぷり浸かって欲しかったの。ただフィクションを読んでいるのではなく、まさにその場に立ち会っているような手応えにしたかった。そのためには、それも、ロックにまつわる物語を語るのであれば、一番相応しい手法は、そのジャンルのドキュメンタリーに近づけることだろうと考えました」

リードの説明はこうだ。

「たとえば『Behind the Music』(1997年にスタートした、米ケーブルテレビVH1の音楽ドキュメンタリーシリーズ)で、関係者の言葉を本人の口から聞いているような感じです。そこには作為の入り込む余地がない。ですから本書はオーラルヒストリーの体裁にしようと決めたんです」


『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』
70年代のはじめ、カリフォルニア。美貌とカリスマ性、それに天性の歌声を持ち合わせたデイジー・ジョーンズは、LAのライブシーンでまさにその才能を開花させようとしていた。一方、頭角を表し始めたロックバンド「ザ・シックス」は、1stアルバムを作り、全国ツアーを終えたところ。偶然レーベルメイトとなった両者は、ツアーを一緒に回り、共同制作をすることに。デイジーと、「ザ・シックス」のボーカル・ダンという二人の天才が出会うとき、かれらの音楽は大きく花開いていく……。


テイラー・ジェンキンス・リード(Photo by Deborah Feingold)
マサチューセッツ州出身の作家。映画業界、高校などで働いたのち、2013年に『Forever, Interrupted』でデビュー。以降、7冊の小説と1冊の短編集を出版している。6作目の長編である本作をはじめ、複数の作品がベストセラーとなっている。LA在住。

セックスとドラックに象徴される70年代ロックシーンのあの渦を再発見しようという兆候は近年富に顕著ではあるが、必ずしもすべてが上手くいっている訳ではない。ミック・ジャガーとマーティン・スコセッシがプロデューサーに名を連ねたTVシリーズ『ヴァイナル』が失敗に終わったことは記憶に新しい。しかしリードの本書は、才能ある一人の女性に焦点を当てている。何ものにもとらわれない優れたシンガーにしてソングライターでもある彼女は、男性の物語における準主役の地位などはなから受け容れはしないのだ。

300ページにも及ぶこの架空のバンドの物語を読む際もっとも癪に障るのは、どうあがいても彼らの音楽に触れることが叶わない点だ。だがこの状況もほどなく変わる。リース・ウィザースプーンが刊行前からすでに本作の映像化権を獲得しており、Amazon Primeが全13回の連続ドラマ枠を提供しているからだ。脚本には『(500)日のサマー』や『きっと、星のせいじゃない。』を手掛けたスコット・ノイスタッターとマイケル・H・ウェバーのチームが当たるうえ、番組用の音楽も新規に制作されることが決まっている(編注:ドラマ版でデイジー・ジョーンズ役を演じるのはエルヴィス・プレスリーの孫、ライリー・キーオ。音楽はブレイク・ミルズが担当、フィービー・ブリジャーズなども参加しているという)。

「私も早く曲を聴きたくてたまらないの!」リードは言う。

「もちろん私はミュージシャンではありません。頭の中では何かしら鳴ってこそいるけれど、でもそれは、誰かが曲にできるようなものでは決してないんです。だから作品に登場するアルバムを誰かが本当に作ってくれるという話になった時には本当に興奮しました。Amazonで制作チームのメンバーの一人とも会いました。そこで音楽の話をさせてもらったのですが、その彼から、実は自分は「オーロラ」という曲を実際の音楽にするという仕事に相当ビビっているんだとも打ち明けられたの。こんな感じよ。『だって『オーロラ』ってのは70年代でも最高のアルバムなんだろう? あなたがそういうふうに書いちまった』。だから、どうすればそうなるのか、必死で頭を悩ませなくちゃならないんですって。私の仕事じゃなくてよかったわって胸を撫で下ろしちゃった」

リードはまた本誌に対し『アリー/スター誕生』やヨーコ・エフェクトに対する疑義、あるいはイーグルスからの影響などを語ってくれた。

Translated by Takuya Asakura

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