中島みゆきのラスト・ツアー、瀬尾一三と振り返る

中島みゆき



アザミ嬢のララバイ / 中島みゆき
悪女 / 中島みゆき

田家:信吾さんと一緒に探したのは今のキーボードの音ですか?

瀬尾:オリジナルの音を何度も聴いて、「これでもないな、こうかな、ちょっと違うね」とかいろいろと探してもらって、ほとんどオリジナルに近く再現できたと思います。

田家:かなり機材が違っているものなのでしょう?

瀬尾:そうですね。オリジナルの頃はシンセが出たてぐらいだし、あと生楽器でやっているものをわざとシンセでやったりしていたので。

田家:「アザミ嬢のララバイ」が1975年で、「悪女」が1981年。この2曲をくっつけること自体が最初で最後なんでしょうけど。

瀬尾:そうですね。本当は1曲ずつ全部完成させて、1曲1曲にしたかったんでしょうけども時間が延びちゃうんですね。この状況を知らない方は編集でぶち切って繋げたと思っている方もいらっしゃるんです。

田家:とんでもないですね(笑)。

瀬尾:それぐらいスムーズに流れているということなんですけども、こちらとしてはものすごい練習するんですよ。テンポも違うし、内容も違うわけじゃないですか。それは「夜会」でやっていたので、ミュージシャンのみなさんも慣れているから、そういうことができる。この場で言いますけどあれはメドレーです。生演奏でやっています(笑)。

田家:瀬尾さんが関わってからもそうなんでしょうけども、「アザミ嬢のララバイ」がツアーの正式な一曲になったことないんじゃないですか?

瀬尾:前のツアーで「ララバイSINGER」と繋げたことはあります。「ララバイSINGER」と「アザミ嬢のララバイ」を繋げて。だからイントロが大変でした(笑)。

田家:1988年以前のアルバムに対しては、どういう接し方なんですか?

瀬尾:過去いろいろな人たちが携わってきたものなので、基本的にちゃんと尊重した上でいじらないようにします。変にいじって僕が壊したって言われるのも嫌だから(笑)オリジナル通りにやります。今までも何曲かツアーであったと思うんですけど、1番2番の間に変わっていくことはやったことありますけどイントロは変えません(笑)。

田家:「アザミ嬢のララバイ」と「悪女」が終わって、ツアーを始めた頃のMCがみゆきさんの中で語られたりして、次の曲にいくわけですけど。ツアーを始めるか始めないかの頃のみゆきさんは、瀬尾さんの意識の中にはほとんどなかったんですよね。

瀬尾:その頃僕は吉田拓郎さんをやっていましたから、「Live ’73」から「つま恋」の75年をやっていましたので他の人を聴く余裕なんかないです。本当に何もなかったです、ごめんなさい(笑)。

田家:彼女が初期の話、ツアーを始めた頃の話をして次の曲にいくわけですね。

Rolling Stone Japan 編集部

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