ラウ・アレハンドロ、レゲトンの未来を拓くゲームチェンジャーの飢餓感

ラウ・アレハンドロ

 
ラウ・アレハンドロは、R&Bを基調とした未来的なサウンドで、カリスマ的なショーマンとして稀有な道を切り開いてきた。そこに至ったのは、彼が揺るぎない意志を持ち、悲しみを乗り越えたからだった。ローリングストーンUS版のカバーストーリーを完全翻訳。

何十億回も再生される曲を生み出し、メガショーをソールドアウトするプエルトリコのスター、ラウ・アレハンドロが、物事を中途半端にしないのは当たり前なのかもしれない。それでも、彼の勝利への執着には驚かされるものがある。あの炎天下の朝、マイアミ近郊のディストピア風のペイントボール場で、彼は勲章で着飾った将軍の厳かさをまとっていた。普段は氷のような白い歯を見せて笑い、歯にはめ込んだダイヤモンドを輝かせる29歳のアーティストは、殺気立った表情で私(筆者)と他のチームメイトに一瞥をくれると、個々の能力を見極め、任務を割り振った。

ラウは、リハーサル、パフォーマンス、スタジオセッションが連続する過酷なスケジュールの合間を縫って、ペイントボール場に15人ほどの仲間を集めた。なかには、彼のプロデューサーであるルイス・ジョヌエル・ゴンサレス・マルドナード、通称「ミスター・ナイスガイ」や、終末もののヘルメットを被って待機しているレゲトンアーティストのリャンノもいる。ラウが8年ほど前にSoundCloudにひたむきに曲をアップロードしていた頃から付き合いのある者たちにとって、スポーツとなると極端に競争的になるラウの姿はお馴染みだった。私はといえば、ここまでの真剣勝負になるとは想像していなかった。そう告げるとラウは、少年スポーツの監督のように、そして、おみくじの文言のように、こう応えた。「命懸けでやれ」。


ペイントボール

ラウは、厚手の黒いパーカーの上にライオンの顔が全面に描かれたTシャツを着ていた。ペイントボールの弾があたっても痛くないように、重ね着をしている。私は彼にディフェンスを任されたが、開始数分後に手に弾丸が当たって出血した。指を不甲斐なく手当てしているすきを突いて、私が防御すべきエリアにラウの振り付け師、フェリックス・“フェフェ”・ブルゴスが赤い髪と太い手足を投げ出すように飛び込んできて、相手チームが第1ラウンドを奪った。とはいえ、その勝利もつかの間だった。次の2つのラウンドで、ラウはヘルメットを外すとフィールドを矢のように駆け抜け、すべてが最初から仕組まれていたかのようにチームに勝利をもたらした。

ペイントボールの銃声が鳴り止むと、ラウは友人たちとの冗談へと戻り、まるでボーカルループが喉に引っかかったような短い笑い声を漏らす。スペイン語圏の音楽に旋風を起こすという固い決意をもって天井破りのスターダムに自らを押し上げた彼は、自分のことは「控えめ」だと語る。アメリカの音楽収益を追い越し続けるラテンミュージックの世界にあって、ラウは、3つの脅威を手にした新しいタイプのスターという、かつてない道を切り開いた。カリスマに満ちた挑発的なショーマンにして、スムーズな歌唱、しなやかな振り付け、そして叛逆的な聴覚を持ち合わせたアーティストは、レゲトンの世界――彼の音楽をそう分類したとして――にはかつていなかった。彼の、R&Bに深く影響を受けた未来的なサウンドは、いまや世界中のアリーナを埋め尽くしている。スペインのサラゴサからアメリカのミルウォーキーにまで広がるファンたちは、引き出し一個分のランジェリーを彼に投げつけては、シックス・タイムズ・プラチナ・ヒットを誇る「Todo de Ti」といったヒット曲に悲鳴を上げる。

「とにかくエキサイティングなアーティストです」と語るのは、現代のレゲトンサウンドを築いたメガプロデューサー、テイニーだ。「彼が何をやるのか、何ができるのか、そのメロディ、声のトーン、それらをどう音楽的なアイデアのなかに入れ込むのか、どんな踊りをして、観客にどう反応させようとするのか、一挙手一投足のすべてが特別なんです。彼の成長ぶりは脅威的ですよ」。


本記事が掲載されたローリングストーンUS版1360号の表紙(Photo by Ruvén Afanador for Rolling Stone)


ハングリー

これから有名になろうとする人のオーラと、無駄なくレイドバックしたクールさをまとうラウには、その一方で強烈に勝ち気な一面がある。親友であり、コラボレーターでもあるラッパーのアルバロ・ディアスは「自分を追い込みたいタイプのように見えます」と語る。「『踊れないって言うのか?』OK、やってやろうじゃないか。『これはしちゃいけないって?』OK、やってやろうじゃないか。『これはうまくいかないって言うのか?』OK、やってやろうじゃないか。そうしたことが、彼をより激しく駆り立てるんです」。

ディアスがラウを表現するのに使う言葉は「ハングリー」だ。その飢餓感は、プエルトリコでの無一文の生活のなかでフラストレーションを溜め込み、プロとして次々と壁にぶつかるなかで積み上がった。サッカー選手になるために人生の大半をトレーニングに費やした彼は、セミプロを目指してアメリカに渡ったものの大きな挫折を味わい、戻った故郷では小売業の煉獄をさまよいながら次なる一手を探してもがいた。音楽に答えを見出したものの物事は遅々として進まなかった。SoundCloudにアップロードした初期の楽曲は、1曲あたりせいぜい100回程度しか再生されなかった。「自分のおばあちゃんしか聴いてくれていないような感じでした」と彼は苦笑いする。異端的なサウンドが受け入れられるには時間を要し、ダンスもまるで理解されなかった。そしてようやく地元のファンがつきはじめた矢先の2017年、ハリケーン・マリアの猛襲がプエルトリコ全土を引き裂き、その破壊と荒廃から人びとはいまだに立ち直れずにいる。

プエルトリコの経済的な困窮は、アメリカ政府による植民地化と搾取という残酷な歴史と分かち難く結びついている。ある時期、ラウのキャリアはどこを向いても行き止まりにぶちあたったが、彼にあったのは家族の面倒をみなくてはならないという一心だった。「家族は苦しんでいました。悲しむのを見たくなかったんです。なぜ悲しむのか。お金がないからです。メシが食えない。そういうことですよ」。彼は誰にも頼らずに生きていける道を見いだそうとした。「音楽で、人生で成功したいと思う一番の理由はそれでした」と彼は言う。「家族が政府に頼らざるを得ないのは嫌だったんです。政府なんてクソ食らえです。自分のシステムは自分で作る。そう考えたんです」。

そのシステムは、この数年で姿を見せつつある。2020年11月にデビューアルバム『Afrodisíaco』をリリースし、最高の形で1年を締めくくった。アルバムでは、ラウの十八番のうねる旋律がオールドスクールなレゲトンの鈍い低音の上で全編にわたって披露される。そこから2021年にはコラボ曲の洪水となり、セレーナ・ゴメスとのデュエット曲「Baila Conmigo」は、よりポップなオーディエンスへと門戸を開いた。しかし、彼のキャリアに本当の意味で激震をもたらしたのは、2021年6月の『Vice Versa』だ。これまでのサウンドを突然予告なくひっくり返す、まるで隠された照明のスイッチを点けたような実験的な試みだった。ドラムンベース風のブレイクビーツが轟く「¿Cuándo Fue?」を筆頭に電子音が多用され、ディスコボールのように眩い80’s風味の幕開けの曲「Todo de Ti」はSpotifyの「Global 200」で2位を獲得し、YouTubeでの再生回数はオリヴィア・ロドリゴの「drivers license」やビリー・アイリッシュの「Happier Than Ever」よりも多い4億5000万回に達した。




過密

ラウは2021年7月からツアーに出ている。スケジュールは過密だが、その間には、すでに成功したアーティストでさえ羨むキャリアのハイライトが満載されていた。10月には、レゲトンの大スターの通過儀礼ともいえる18500席のコリセオ・デ・プエルトリコ・ホセ・ミゲル・アグレロットで、4日間の公演をソールドアウトした。その約1カ月後には、コロンビアの歌手カミロと組んだ「Tattoo」のリミックスで初のラテン・グラミー賞(ベスト・アーバン・フュージョン/パフォーマンス賞)を受賞した。さらに、その数日後、彼はマネジメントチームから『Afrodisíaco』がアングロ・グラミー賞のベスト・ムジカ・ウルバーナ・アルバム(Best Música Urbana Album)にノミネートされたことを電話で知らされる。

その間ラウはノンストップでリハーサルを続けてきた。11月末に初めて会ったとき、彼の記憶によるとその年63回目となるショーを数日後に控えていた。そのとき彼はメイク用トレイラーのなかにおり、上半身は裸で、胸は一面タトゥーで覆われていた。ヴァージル・アブローを追悼するルイ・ヴィトンの2022年春夏メンズのスピンオフ・ショーに出演するための準備中だった。ファッションを愛し、アブローの大ファンを自称するラウが、カニエ・ウェスト、キム・カーダシアン、ファレル・ウィリアムスといった地球上のほぼすべてのセレブリティを積み込んだ小型船団に乗って、会場となるマイアミ・マリン・スタジアムに向けて出発するまで、あと20分しかなかった。女性がLEDネイルランプを手に彼の前にしゃがみこみ、世界最速のマニキュアとペディキュアを施した。

ラウは物静かに座っていたが、同時に3つのことをしている。私の受け答えをしながら、近くにいるパーソナルアシスタントと雑談し、彼の愛嬌を最大限に引き出すべくメイクアップアーティストが見えるか見えないかの加減で眉毛を細かく調整できるよう顔を上に向ける。だれかのスマホから「Todo de Ti」が大音量で流れ出す。この曲はいまや彼につきまとい、直近の輝かしい成功だけでなく、チャートを席捲するストリーミング界の巨人としての期待の大きさを諸刃の剣のように突きつける。「良い音楽をつくることが、ヒットに次ぐヒットを出すという意味であれば、簡単なことではありません」とラウは言う。「何にでもケチをつけるようになってしまった気がします。音、歌詞、メロディ、すべてにおいて『くそ、もっとちゃんとやらないと』と思ってしまうんです。それがときにストレスになります」。

Translation by Akira Arisato & Kei Wakabayashi

 
 
 
 

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