久保あおいが語る、素顔を出す覚悟をした理由「今度は私の歌で救いたい」

久保あおい(Photo by Jumpei Yamada)



ーお母さんが歌っているのを聴いて音楽を知るって、なかなか珍しいというかおもしろいですね。スマホとかパソコンはいつぐらいから触るようになったんですか。

小6ぐらいです。最初はキッズケータイだったんですけど、そのうちちゃんと連絡できるようにスマホを持たされて。そこからYouTubeで曲を聴き始めました。最初はそのとき流行っていたYouTuberさんだったりを観ていたんですけど、友だちから教えてもらった曲を調べて聴いたり、あとはLINEで送ってくれた曲とかを聴くようになりました。

ーその中でもよく聴いていた曲はありますか?

傘村トータさんの「贖罪」って曲の歌詞がドンピシャで、よく聴いていました。泣きたいときに我慢したこととか、今日も少しずつ生きていこうとか、苦しかった時期に聴いたらすごく共感する曲で。歌詞が本当にいいなって思いました。



ー久保さん自身が歌手になりたいと思ったきっかけはなんだったんでしょう?

カラオケでお母さんや友だちの前で歌ったときに、感動して泣いてくれたのがうれしくて。自分も歌で救われたことがあったので、今度は救ってみたいと思ったのがきっかけでした。

ー周りの人はどの曲で泣いたか覚えていますか?

お母さんは中村つよしさんの「愛のカタチ」という曲でした。認知症のおばあちゃんの曲なんですけど、うちのおばあちゃんが認知症だったこともあってすごく感動して泣いていて。友だちとかは心が苦しかったときに共感する曲を歌った時に泣いてくれました。

ー歌った後に涙を流しているのを見たとき、びっくりしたんじゃないですか?

びっくりしましたね。途中でヒクヒク聴こえるから何かと思ったら、泣いていて。

ーそれまで、歌が得意だと感じたことはあったんですか? 音楽の授業で褒められたり。

歌の部分だけ褒められたことはありました(笑)。あとは、カラオケで点数の計測をやるんですけど音程バーが結構合っていたりして。もっと練習すればどうなるのかなとか思って歌っていました。

Rolling Stone Japan 編集部

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