ウクライナのトランスジェンダー女性が抱える苦悩「私は誰も殺したくない」

国境警備隊が浴びせた言葉

「ウクライナのトランスジェンダー活動家は長いこと、性転換の手続きの簡略化を求めて戦ってきました」と、KyivPrideのディレクターを務めるレニー・エムソン氏は言う。

エムソン氏いわく、中には性別表示を変えるチャンスがなかった人もいた。そのためKyivPrideは、適切な書類変更を行ってこうした人々が国外に出られるよう、戦争のさなかも働きかけを続けている。トランスジェンダーの女性の中には、Faámeluのようにこれまでパスポートを変更することができず、今も古いウクライナの性転換条件に悩まされている人もいる。

FaámeluはInstagramで1万6500人のフォロワーを抱え、ウクライナでは有名人だ。2008年にはウクライナのリアリティ歌番組『Star Factory』に出演し、2010年には『Star Factory Finale』にも出演した。トランスジェンダーであることを公表した後、2018年にはウクライナ版『The Voice』に出演。この番組をきっかけに力強い声と個性でファン層を確立し、以来ずっとウクライナの表舞台で活躍してきた。だがそうした知名度ゆえに、ウクライナを出国するのが余計に難しかったと彼女は考えている。すぐに顔バレしてしまうからだ。

それでもウクライナを出国するというFaámeluの決意は揺るがなかった。友人らに連絡し、ルーマニアとの国境まで車で連れて行ってくれと尋ねて回った。友人の1人が同意し、2人は出発した。だが国境に向かう最初の検問所で止められた。彼女の話では、国境警備隊が彼女の素性に気付いたからだという。

「『無事に突破できると思うのか? 引き返せ』と言われました」とFaámelu。友人はカフェまで彼女を送っていき、そこで彼女は一睡もせずにウクライナ脱出の策を練った。Faámeluは助けを求めてInstagramのフォロワーに呼びかけ、誰か「権力」のある人物――しまいには国連にも――に助けてくれと懇願した。Instagramのストーリーのひとつにはこう書かれている。「キエフを出たわ! これから数日のうちに国境を越えようと思う」。別のストーリーには「今日、国内の難関をひとつ越えた。国境警備隊からは面と向かってこう言われたわ、『通過していいぞ……だがいいか……お前のような人間は好ましくない』」。最後のストーリーは車内に座るFaámeluの動画。茶色のパーカーに身を包み、ブロンドの髪を後ろに縛って、泣いている。「誰か助けてくれませんか?」とFaámeluはすすり泣く。「どこでもいい、人権団体の皆さん、助けて」

だが助けは来なかった。だが最終的にドイツの友人に連絡を取って、ルーマニアから運転手を寄こしてもらった。「この運転手が、別の街のルーマニアの検問所まで連れて行ってくれました」とFaámelu。「そこで一晩過ごして、次の日は次の検問所に向かいました」

車を停められたFaámeluと運転手は、国境警察にパスポートと3000ユーロを渡し、賄賂で出国させてもらおうとした。Faámeluいわく、決して珍しい話ではないと言う。

警察は賄賂を受け取らなかった。この時Faámeluは、他の男性と戦闘訓練を受けることになる憲兵事務所に無理やり連行されたそうだ。その夜、事務所は彼女を解放して身の回りの物を取ってくるように言い、明日の朝までに戻るよう命じた。車に戻る道すがら、運転手がFaámeluに向きなおってこう言ったのをFaámeluは今も覚えている。「泳げるかい? それが唯一の選択肢だ。ドナウ川を泳いでシゲトゥとの国境に不法入国するしかない。そうすれば君は難民になる。ただし、法を犯すことになる」

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