ウクライナのトランスジェンダー女性が抱える苦悩「私は誰も殺したくない」

「私は犯罪者じゃない。私は難民です」

泳いで渡る他方法がないと悟ったFaámeluは、全身に震えが走ったという。2人は車で国境近くの森へ向かった。携帯電話とパスポート一式をビニールの袋に入れて、ブラの中に押し込んだ。運転手は車を停め、2人で暗闇の中を歩いた。飛び込む場所に到着すると、兵士が自分の名前を叫ぶのが聞こえた。生きるか死ぬかの土壇場で、Faámeluはジャンプした。

「命からがら逃げました。3メートル下は岩だらけというような崖からジャンプしました」と本人。

それから彼女は川の近くにある淀みまで這って行った。兵士が追いかけてくる音が聞こえたので、茂みの中に身を隠してから急流の川に入っていったそうだ。

「犯罪者のような気分でした。でも私は犯罪者じゃない。私は難民です」

川の流れに抗いながらできるだけ速くルーマニアまで泳ぎ着こうとしたものの、あきらめかけた瞬間もあったという。「何年もずっと戦ってきた――もうあきらめてもいいんじゃないか(と思った)」と本人。「捕まってもいい、もういいや、と」 だが彼女は自分を奮い立たせて泳ぎ続け、ルーマニアに辿りついた。「ほとんど溺れかけていました。川の水も相当飲みました」と彼女は言う。「疲れ切って、最後の力を振り絞って泳いでいました。泳いでどうにか川岸にたどり着きましたが、まだウクライナにいるような気分でした。そばには平原が(まだまだ)続いていて、まるでマラソンのようでした」

ひとたびルーマニアに着くと、彼女を見つけた警察は女性が泳いでウクライナを出なければならなかったことに驚いた。彼女は警察署に連行され、尋問を受けた後、難民キャンプへ連れて行かれ、そこでようやく身の安全が確保された。だがウクライナでは、自分を助けてくれた男性は逮捕されて今も拘束されているだろう、とFaámeluは考えている。

現在Faámeluは3月10日からドイツで安全に生活している。母国では犯罪者となったものの、他のトランスジェンダー女性にウクライナ出国を促すためにも、自分の経験を語るべきだと感じている。「ウクライナでは、トランス女性の存在はほとんど知られていません」と彼女は言う。「彼女たちは今危険にさらされています。彼女たちも国境を越えられるよう、私の話が世に出ることをみんなが待ち望んでいます」

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from Rolling Stone US

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