ウクライナのトランスジェンダー女性が抱える苦悩「私は誰も殺したくない」

Zi Faámelu(Zi Faámelu/Instagramより)

ウクライナのトランスジェンダー女性「Zi Faámelu」は焦っていた。彼女は自宅のアパートから一歩も動けず、周囲の砲撃の音に耳をそばだてていた。食料も底をつき始め、つねにナイフを手元から離さなかった。建物に残っているのは自分1人で、誰が家に押し入って来るだろうかと恐れていた。ロシアがウクライナに侵攻して5日目、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が国民総動員令を宣言してから5日が経過していた。

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ウクライナの誰もがそうであるように、Faámeluも次に爆弾が落とされるのは自分の家ではないかと心配していた。だがFaámeluの恐怖はもっと根深かった――彼女は身の危険を感じて暮らすトランスジェンダー女性の1人。この国では、つい6年前までトランスジェンダーは性転換のため施設に入れられることもあった。31歳のミュージシャン兼アーティスト兼インスタグラマーも、キエフを出なくてはならないことはわかっていた――それも今すぐに。

Faámeluは日々偏見と闘い、自分が女性であることを証明しているものの、パスポートにはいまだ「男性」と記載されている。しかも国民総動員令により、18~60歳の男性は徴兵が義務付けられた。つまりFaámeluはロシアの爆撃に遭うことだけでなく、徴兵されて戦うことも恐れていた。「人を撃ちたくない。誰も殺したくない」とFaámeluはローリングストーン誌に語った。「そんなことをするくらいなら死んだ方がましです」

国連難民高等弁務官事務所の2021年の報告書によると、LBGTQの人々は緊急時に国を出ようとする際にたびたび暴力や被害に直面している。とくにトランスジェンダーが国境を越える場合、身分証明書とアイデンティティが一致しないと面倒なことにもなりうる。往々にしてボディチェックを受け、拘束や虐待に遭う可能性すらある。それに加え、ウクライナは2016年にトランスジェンダーの施設入院を廃止したものの、人権擁護団体ILGA-Europeが同年行なった調査によれば、LBGTQI+コミュニティ支援という点ではウクライナはヨーロッパ49カ国中39位だった。以来ウクライナではトランスジェンダーに対する曖昧な手続きを最小化する措置が講じられ、LBGTQI+活動団体KyivPrideによれば、現在はトランスジェンダーが強制的に入院させられることはない。だが、いまだにトランスジェンダーには性転換症または性の不一致を証明する精神鑑定診断書の取得が義務付けられている。こうした鑑定は、検査や精神科医との診療でたいてい2週間ほどかかる。

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