レッド・ホット・チリ・ペッパーズの人間性に迫った、2000年の秘蔵インタビュー

チャド・スミスの変わらぬ姿勢

『Californication』でのキーディスの歌詞には、代名詞というべきファンキーでセクシーなものも少なくないが、シングルの「Scar Tissue」に顕著なように、彼は孤独感と悲しみをかつてなく積極的に表現している。また、アルバムのうち3曲で結婚に言及している。具体的な回数こそ把握していないものの、キーディスは歌詞の一部がヨアンナへの誠実な思いを表現していることを認めている。



曇りがちなハリウッドの丘の向こう側に、太陽が沈みつつある。部屋が薄暗くなり、影のせいでキーディスの表情も見えにくい。自分の最もロックスターらしい部分について訊くと、彼は返答に迷っているようだった。銀行口座の残高は多い、キーディスはそう認める。「家族のために家を買ったし、俺は高級車を運転してる」と彼は話す。「公共料金の額なんて確認しないし、金の心配をしたことがない。こういう質問に答えるのは苦手なんだよな……」。彼の言葉は尻すぼみになり、いつもの中途半端な笑顔も消えたまま考え込んでいる。

「ヨアンナ!」と彼は声をかけた。彼のガールフレンドが寝室から出てきて、部屋の明かりをつけた。「俺のロックスターらしいところって何だと思う?」

少し考えた後、「歯じゃない?」と彼女は言った。彼がニッと笑って見せた臼歯と小臼歯は、確かに真っ白で輝いていた。一旦トイレに立った筆者が部屋に戻った時、2人は立ったまま抱き合い、そっとキスを交わしていた。

チャド・スミスの自宅はハリウッドヒルズの急な坂の途中にあり、向かってくる車をじっと見つめている不敵な鹿に出くわすこともあるという。家は広く快適そうで、子供用のセーフティフェンスを張り巡らせた裏庭のプールや、様々な写真も見せてくれた。我々が腰を落ち着けたリビングにはドラムキットがあり、暖炉では薪が勢いよく燃えている。我々にハイネケンを振る舞ってくれたスミスは、タバコに火をつけてその大きな体をソファに沈み込ませた。

彼はヤンキースのキャップを後ろ向きにして被っているが、彼が贔屓にしているのはデトロイト・タイガースだ。ミシガンで生まれ育った彼は、塗装会社(大口の注文をフイにした)、Gap(セーターのたたみ方を最後まで覚えられなかった)、パンケーキ屋(バット一杯のメープルシロップをこぼした)等で働いたが、雇用主からクビにされてばかりだったという。

彼の興味の対象、それは7歳の頃にバスキン・ロビンスのケースを叩いていた頃から夢中になったドラムだけだった。高校を「間一髪で卒業」した後、彼はTで始まる複数のバンド(Tilt、Tyrant、Terence)でドラムを叩いた。そのうちの1つだったTobby Reddではレコードもリリースしている。同バンドでカンザスの前座を務めたとき、スミスはロックのコンサートのバックステージにはケータリングが用意されていることを知って感動したという。

Toby Reddの解散後、スミスはロサンゼルスに移住する。1989年にオーディションを経てチリ・ペッパーズに加入して以来、彼はバンドの中で最も安定したメンバーであり続けている。「何かに苛まれたことはないよ」と彼は話す。「ドラッグ依存になったこともないし、腕が鈍ったこともない」

ペッパーズが奇抜な衣装(巨大な電球、火を吹く帽子など)でステージに立った時も、ドラマーである彼は座ったままプレーするためバランスの維持に苦労せずにすんでいたという。現在進行中のツアーでは、そういった過激な演出は見られない。ヨーロッパ各地を回っていた時は、メンバー全員がアフロポップ界の星フェラ(・クティ)を思わせる刺繍入りのオレンジのジャンプスーツを着ていたが、不快すぎるという理由でやめにした。ペニスに白い靴下を被せただけという悪名高いルックは、少なくとも当分の間は見られないだろう。「あれは数えきれないほどやった」。スミスはうんざりした様子でそう話す。「キッスにまたメイクをさせるのと同じようなもんだ。2022年とかに再結成ツアーをやるときに、1億ドルくれたらどこの街でもやるよ。腹が出過ぎてて靴下は見えないだろうけど、ちゃんと着けとくさ」

ーバンドを匂いで表現するとしたら?

スミス:12歳の女の子の自転車のサドル。

キーディス:俺らの強烈な体臭の組み合わせ。フリーと俺はスカンクみたいな凄まじく不快な臭いを出せる。俺らのどっちも、とことん臭くなるのを恐れない。

フリー:犬だな。ファンキーだけど穏やか。

フルシアンテ:紫。

Translated by Masaaki Yoshida

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