2022年グラミー賞総括、シルク・ソニックの快挙とジョン・バティステの逆転勝利

総括すると、2022年のグラミー賞からは堅苦しい旧式の組織という根強い認識から抜け出そうとするレコーディング・アカデミーの継続的な努力が垣間見られた。グラミー賞は、昨今の時代精神とともにあるというメッセージを必死に伝えようとしていた。だが、古い習慣はなかなか拭えないものだ。それをもっとも顕著に示していたのがラップの圧倒的な少なさだった。もちろん、ヒップホップに限っては、そのプレゼンスを認めることはできる。というのも、リル・ナズ・XからBTSに至るまで、ヒップホップは世界中のポップミュージックシーンに浸透しているのだから。だが、今年の授賞式においてはリル・ナズ・Xによるソロパフォーマンス(オリジナルバージョン)だけが直球のラップミュージックに焦点が当てられる貴重な場面だった。とはいっても、昨年の初グラミー以降のヒット曲とともに繰り広げられたベテランラッパーによる圧巻のパフォーマンスは、栄えあるグラミー賞に十分値するものだった。その上、バルヴィンのパフォーマンスを除き、奇しくもラテンミュージックも重要な瞬間から除外されていた。

今年のグラミー賞最大の醜態は、コメディアンで俳優のルイ・C・Kに最優秀コメディー・アルバムを贈ったことではないだろうか。C・Kは、複数の女性からセクハラ行為を告発されたことを5年後になってようやく認めた。

いかなる授賞式も社会情勢と無関係ではいられない。時折、授賞式では目下世界で起きているカオス的状況をほのめかす場面もあった。長引くパンデミックとその影響を受けるライブミュージック業界への賛同として、ツアークルーたちがアイリッシュ、クリス・ステイプルトン、H.E.R.、キャリー・アンダーウッドのプレゼンターを務めた。

その中でも、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の感動的なビデオメッセージは授賞式の最大のサプライズだった。映像の中で大統領は、「私たちのミュージシャンたちはタキシードの代わりに防弾着を着ています。彼らは病院で傷ついた人々のために歌っているのです。その歌声を聞くことができなくなってしまった人々のためにも。しかし、音楽はいかなる困難も打ち破ることができます」と訴えた。メッセージが終わるとジョン・レジェンドがステージに登場し、ウクライナ出身のシンガー、ミカ・ニュートンと詩人のリューバ・ヤキムチュクとともに新曲「Free」を披露した。

>>関連記事:ウクライナの人気ロックスターが、母国防衛に協力する理由「今は戦士になるしかない」

授賞式の放送前に行われたプレショーでは、タイラー・ザ・クリエイターの『Call Me If YouGet Lost』が最優秀ラップ・アルバムを、セイント・ヴィンセントの『Daddy’s Home』が最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバムを、バッド・バニーの『El Último Tour Del Mundo』が最優秀ラテン・アーバン・アルバムを受賞した。「Hurricane」が最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンスに、「Jail」が最優秀ラップ・ソングに輝いたカニエ・ウェストのキャリアには、ふたつのトロフィーが追加された。カントリー部門を席巻したステイプルトンは、4部門のうち3部門を受賞。『Starting Over』が最優秀カントリー・アルバム、「You Should Probably Leave」が最優秀カントリー・パフォーマンス、「Cold」が最優秀カントリー・ソングを受賞した(放送された授賞式では「Cold」を披露)。

今年は初受賞者に事欠かない年だった。その中でも、4部門にノミネートされていたラスベガス出身のラッパーのベイビー・キームは、ケンドリック・ラマーとのコラボ曲「Family Ties」によって最優秀ラップ・ソングのトロフィーを持ち帰る結果となった。最優秀新人賞にノミネートされていたパキスタン出身のシンガーのアルージ・アフタブは、「Mohabbat」によって最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンスを受賞した。

さらには、コメディアンのボー・バーナムも初のグラミー賞を手にした。配信コメディ『Watch Bo Burnham: Inside』の「All Eyes On Me」が最優秀映像作品楽曲を受賞したのだ。9つのノミネーションを経て、カントリーデュオのブラザーズ・オズボーンもようやく初のグラミー賞に輝いた。「Younger Me」は、カントリー部門の中でも唯一ステイプルトンが逃した最優秀カントリー・パフォーマンス(グループ)を受賞した。もうひとつの大きなサプライズは、何と言っても最優秀劇場ミュージカル・アルバム部門だ。TikTokからヒントを得たプロジェクト『The Unofficial Bridgerton Musical』のエミリー・ベアーとアビゲイル・バーロウは、アンドリュー・ロイド・ウェバーやバート・バカラック、さらにはボブ・ディランといったレジェンドたちを抑えてトロフィーを勝ち取った。

このほかにも、ジョニ・ミッチェルの『Joni Mitchell Archives, Vol. 1: The Early Years (1963-1967)』が最優秀ヒストリカル・アルバムを受賞した。毎年恒例の授賞式前のチャリティガライベントにてミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤーとして表彰されたミッチェルは、ボニー・レイットとともにグラミー賞のステージに上がった。コロンビア出身のロックシンガー、フアネスの『Origen』が最優秀ラテン・ロック/オルタナティブ・アルバムを受賞した一方、2020年も2021年も受賞を逃したジャック・アントノフが念願の最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)に輝いた。昨年2月に他界した伝説的ジャズピアニストの故チック・コリアには、死後受賞という形でアワードが贈られた。『Mirror Mirror』が最優秀ラテン・ジャズ・アルバムを(イリアーヌ・イリアスとチューチョ・バルデースとの共同受賞)、「Humpty Dumpty (Set 2)」が最優秀インプロヴァイズド・ジャズ(ソロ)を受賞した。

Translated by Shoko Natori

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE