ロバート・グラスパーが語る、歴史を塗り替えた『Black Radio』の普遍性

ロバート・グラスパー(Photo by Mancy Gant)

 
大ヒットを記録した衝撃作『Black Radio』でブラックミュージックの常識を塗り替えたロバート・グラスパー。ジャズの新しい地平の先には、どんな未来が広がっていたのか。最新作『Black Radio III』をリリースし、5月14・15日開催「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL」でヘッドライナーを務める彼に、ジャズ評論家の柳樂光隆がインタビュー。

ロバート・グラスパーが2012年に発表した『Black Radio』は歴史を変えた作品だった。ジャズ、R&B、ヒップホップといったジャンルの壁を越えて2010年代の音楽シーンを活性化させたばかりでなく、トレンドの移ろいが激しいこの時代に、発表から10年が経過した今も影響力が衰えないタイムレスな名盤でもある。

今年発表されたシリーズ最新作『Black Radio Ⅲ』には、ハービー・ハンコックいわく名実ともに「シーンのリーダー」となったグラスパーが育み、広げてきたコミュニティの豊かさがそのまま収められている。そこには祈り、怒り、時に悼みながら、アフリカン・アメリカンのコミュニティへの貢献を模索し続けてきたアティテュードも反映されている。グラスパーがこの10年間、自然体の活動を通して起こしてきた「メロウな革命」を体現する作品とも言えるだろう。

なぜ『Black Radio』シリーズは色褪せぬ輝きを放ち続けているのか。その「普遍性」についてグラスパーが語ってくれた。



タイムレスな音楽を生み出す信念
「俺はトレンドを追わない」

―10年前に『Black Radio』が発表されたとき、このタイトルはフライト・レコーダーの別名に由来するものだと語っていました。タイトルに込められている意味を改めて聞かせてください。

グラスパー:このタイトルは10年前に込めた意味に加えて、今では新たな意味を持つようになったと思っている。もっと様々な視点で読み取ることができるようになった、という意味だ。一つ目は、前にも話したように飛行機の(レコーダーである)ブラックボックス。なぜなら、ブラックボックスはどんな事故があってもきちんと記録が残るようになっている。素晴らしい音楽もそうあるべきだと俺は思うからね。

そしてもう一つは、ブラック・ピープルのためのラジオはこうあるべきだと俺自身が感じるラジオ番組だ。つまり、アフリカン・アメリカン・ミュージックをやるってこと。俺たちは今まで本当に幅広いスタイルの音楽を提供してきた。ヒップホップ、R&B、ジャズ、ゴスペル、他にもたくさん。そんなふうに(自分たちが提供してきた)音楽が落ち合う場所がここなんだ。これこそがブラック・レディオ。なぜって、あらゆる黒人音楽が一同に介してミックスされているんだから。


左から『Black Radio』(2012年)、『Black Radio 2』(2013年)

―時代を超えて聴き継がれ、なおかつ広く親しまれる音楽ということですよね。あなたがこれまで手がけてきた作品は、どれもその二つを両立させてきたと思いますが、どうしてそれが可能だったのでしょう?

グラスパー:俺はただ、自分の音楽に正直でいたいと思ってるだけなんだ。(曲やアルバムを)タイムレスにするレシピなんて存在しない。ただ音楽的に正直でいると、たくさんの人々が受け入れてくれて、たくさんの人々が愛してくれる。そして永遠に残っていくものになる。自分自身に対して誠実でないものを俺は作らない。常に正直な思いで作っているし、共演するアーティストとも正直に向き合っているし、誠実で個性的なスタイルのアーティストを起用するように心がけている。だからこそ、それぞれの作品が違うのさ。(参加している)誰一人としてトレンドを追いかけていないから。俺はトレンドを追わないんだ。

―たしかにそうですよね。『Black Radio』シリーズも同時代性はあるけど、いい意味で過去との繋がりも感じられる。

グラスパー:俺も新しいテクノロジーに頼りながら音楽を作っているし、特にコロナ禍ではそれがなければレコードは作れなかった。でも、新しいものだけではなく、ある程度古いものもキープしているんだ。(Zoomの画面越しに自分のプライベート・スタジオの様子を見せて)ほら、いろんな楽器や機材があるだろう(笑)。ローズ(・ピアノ)も当然置いてあるし、こっちにはMoog One(アナログ・シンセサイザー)もある。

音楽的にもそう。俺が好きな90年代や2000年代のソウル全盛期がもつフィーリングをずっとキープしているけど、その一方で新しい音楽のなかにある、俺が好きな要素を取り入れることもやり続けている。俺は自分が好きじゃないものは絶対にやらない。「好きじゃないけどクールに見えるから仕方なくやるか」なんてことには手を出さない。それに俺は(業界内でも)古株になってきているから、古き良き部分も保ちつつ、良いバランスを生み出すことを考えている。



―ミックステープとして発表された2019年の前作『Fuck Yo Feeling』にもゲストが多数参加していて、歌やラップが入っていました。「『Black Radio』シリーズと何が違うんだろう?」と思った人もいるかもしれません。両者の違いはどんなところにあると言えそうですか?

グラスパー:さっきも話したように、『Black Radio』はよりラジオらしい作品。かたや『Fuck Yo Feelings』はジャムセッションが基になっている。(『Black Radio Ⅲ』にも参加している)クリス・デイヴ、デリック・ホッジと一緒にジャムって、そのあとに俺が「シンガーを入れてみよう!」と提案して歌を後付けしたんだ。だから『Fuck Yo Feelings』では歌が重要だったわけではなく、ジャミングが最優先だった。でも『Black Radio』は歌が最優先。まずは歌ありき。そこが主な違いだね。

―『Black Radio』と『Fuck Yo Feeling』を聴き比べて、大きな違いを感じたのがミックスでした。『Black Radio』シリーズではどんな音作りを意識しているのでしょう?

グラスパー:『Black Radio』はラジオ向けの歌ものという前提があるから、ラジオに乗せた時に他の楽曲と競合することを頭に入れてミックスしなければならない。ミックスが完璧にオンエア対応になってないといけないんだ。ラジオ局(のディレクター)が曲を聴いて、ラジオ向けにミックスされていないと感じたら、彼らが曲をかけてくれることはない。たとえいい曲だとしてもね。(例えば)アデルの曲とか、H.E.R.の曲とかと並べた時に、音的に合わないとかからない。

だから『Black Radio Ⅲ』では、今までより少しポップなミックスを施した。意図的にボーカルがもうちょっと前に出るようにミックスしてあるんだ。そうすることでラジオでかかる他の曲とマッチするから。それに今ではみんながプレイリストで聴くようになった。だから、曲が立て続けにかかる。ある曲が終わったらすぐに自分の曲がかかって、その直後に誰かの曲がかかる。それに合わせたミックスをしなければならないわけだ。以前はプレイリストなんて重要じゃなかったけど、今では最重要案件になってる。なんでもプレイリスト、プレイリスト、プレイリストってね(笑)。だから、そこに合わせてミックスする必要があるわけさ。

Translated by KANA

 
 
 
 

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