WONK、ロバート・グラスパーという「青春」を振り返る

 
『Black Radio』は最高の入門書
プレイヤー視点で魅力を紐解く

―『Black Radio』という作品の魅力に関しては、どのようにお考えですか?

井上:僕のなかでは、最高のビギナー盤というか……。

―入門編として最適?

井上:そう、入口として最高品質っていう感じ。『Double Booked』とか『In My Element』から聴いてる人からすると、「そうだよね」って感じもあったと思うけど、これを入口にする人は、その後に最高の体験が待ってることがわかるというか。インストだけに終始しないコンセプトだから、どっちとも知り合えるんですよね。ジャズの人からすれば、ソウルミュージックのすごい人と出会えるし、それまで「歌=音楽」だと思ってた人からすると、バンドアレンジの面白さと出会える。そういう意味で、僕の中では最高の入門書って感じですね。



江﨑:僕はまず『In My Element』でジャズ・ピアニストとしてのグラスパーを知って。誰がパイオニアかはわからないけど、ブラッド・メルドーが7拍子で「All The Things You Are」(1939年に書かれたジャズ・スタンダード)をやるみたいなのって、当時の僕のなかでは革新的だったんです。グラスパーもジャズ・スタンダードを演奏するうえで、そういう拍子や小節に挑戦するタイプの鍵盤弾きっていう認知がまずあって。その後に『Double Booked』を聴いたときは、「後半で変なことやってるな」と思って、あんまり理解できなかったんです。というのも、僕はヒップホップをまったく通ってなくて、その文脈がさっぱりわからなかったので。でも、『Black Radio』が出たタイミングで荒田と出会い、J・ディラを聴いたりして、初めていろんなものがバシッと紐づいたんですよね。

―背景や文脈を知ることによって、聴き方がわかった。幹さんの「入門書」という例えともリンクするエピソードですね。

江﨑:そうですね。やっぱりヒップホップの曲って、楽器奏者からすると自分でやろうとは思わないというか。物理的に人間の身体では再現不可能な音の飛びもいっぱいあるわけで。でも、グラスパーはあくまでそれを生楽器でやるっていうフォーマットに書き換えてくれたというか、「楽器でやるならこんな風にやればいいんだ」というのを示してくれて。「ピッチがおかしいループでも、鍵盤だとこう積むとかっこよさそうだな」とか、そういう補助線をわかりやすく引いてくれた。僕みたいなちょっと偏った音楽遍歴の人からすると(笑)、そういう印象があります。

長塚 僕にとって『Black Radio』は「ボーカリストの教科書」みたいなところがあって。毎回カバーもあるじゃないですか? 実力者ぞろいで、グラスパーもレコーディングでは「好きに歌って」みたいな感じだと思うし、何度聴いても「この人たちホントすげえな」と思える。特にレイラ・ハサウェイとビラルはヤバすぎて、グラスパーが楽曲に求める「歌力」みたいなものをしっかり理解して、それを表現するという意味では、あの2人がダントツかなって。



―レイラ・ハサウェイはシリーズ3作全部に参加していて、そこからも信頼が伺えますよね。

長塚 あともうひとつ、僕がジャズと初めて出会ったきっかけがブラッド・メルドーの『Highway Rider』(2010年)で。

江﨑:長塚さんのジャズの入口ヤバいですね。めちゃめちゃ尖ってる(笑)。

長塚 めっちゃハマって、飛行機のジャズ・チャンネルでずっと聴いてました(笑)。で、メルドーもいろんなカバーをやってますけど、グラスパーも(ニルヴァーナの)「Smells Like Teen Spirit」とかをカバーしてて。そういうのがジャズ初心者にとって聴きやすかったっていうのもあります。

―そういう「入口」も用意していると。荒田さんはいかがでしょうか?

荒田:ゲームチェンジャー感がありますよね。10年に1度くらいそういう人たちが出てくるもので、ブラックミュージックの流れにおいて、2000年代は間違いなくソウルクエリアンズがゲームチェンジャーだったと思うんですけど、グラスパーはその流れも汲みつつ、2010年代における新たなゲームチェンジャーになった。2000年代のネオソウルがこの人を中心にまた動き始めた、そのきっかけが『Double Booked』から『Black Radio』への流れだったんじゃないかなって。

―『Black Radio』以前・以後で変わったことを言語化していただけますか?

荒田:ひとつはサウンドですよね。ハイエイタス・カイヨーテやジ・インターネット、ムーンチャイルドとか、現在フューチャーソウルと呼ばれてるものの源流は間違いなく『Black Radio』から来てると思います。ドラムのサウンドに関しても、クエストラヴ以降でこんなに研究したいと思ったのはクリス・デイヴが初めてで。『Black Radio』はやっぱり1曲目(「Lift Off / Mic Check」)がすごかったじゃないですか? 変拍子な感じのイントロに、4拍子で延々叩き続けるあの根気(笑)。今回の『Black Radio Ⅲ』もドラムの音がめちゃめちゃよくて、やっぱりすごいなって。ベースに関しても、デリック・ホッジによる重心の低いサウンドがトレンドになったと思いますし。



井上:デリック・ホッジはかなりのトレンドセッターですよね。(ジャズの世界で)日本で認知されてるベースヒーローって、僕のなかではジャコ・パストリアスまでで止まってる印象なんです。でも、ベーシスト界ではそのあとにピノ・パラディーノのブームがあって、さらに デリック・ホッジが出てきた。表立ったブームにはなってないけど、実際はみんな隠れて参考にしてたという(笑)。特に、僕らと同世代はみんな参考にしてると思います。

江﨑:和輝(King Gnuの新井和輝)はベースアンプにデリック・ホッジの絵が描いてあるもんね。

荒田:明言してるよね、一番好きって。

井上:デリック・ホッジは職人タイプが好きなベースヒーローというか。器用で、サウンドメイクにこだわりがあって、裏でいろいろ工夫してる。ピノ・パラディーノもそうですね。逆に、ジャコ・パストリアスに続くのはサンダーキャット。みずから前に出て、オラーってベース弾きまくって、歌も歌ったりピアノも弾いたり。

江﨑:楽器をやってない人から見ても「ヤバい」ってなるタイプ。

荒田:普通のベーシストは『スター・ウォーズ』には出ないからね(笑)。


デリック・ホッジの演奏が冴え渡る、NPR収録のパフォーマンス映像

―グラスパーをプレイヤー視点で語っていただくとしたら?

江﨑:難しいですね……。『In My Element』を聴いたときは、ものすごく鍵盤が上手やなって思いましたけど。今はもっとプロデューサーっぽい感じですよね。

―プロデューサーであり、コンセプターでもあるというか。

江﨑:当時の僕にとっては、鍵盤のボイシングとかがジャズの文脈とは全然違って。ピアノという楽器から考えうるボイシングとは別物だったんですよね。同じ和音の積み方で、そのまま並行移動しちゃうみたいな、ともすれば初心者がやっちゃうようなボイシングをしていたので、「こんな積み方でもかっこよくなるんだ」と思って。あとから音楽の歴史を振り返ると、ヒップホップのビートメイカーは鍵盤じゃなくてサンプラーで作ってるから、同じ和音の積みでピッチが変わって動いてるっていうのを自動的にやっていて、グラスパーはそれを楽器でやってるんだっていうのがわかってきたんです。頭を使ってサンプリングから作られた音楽を、もう一回楽器で弾いてみるっていうのは、プレイヤーとしてすごく面白いなと思って聴いてました。

―プレイヤーとしての基礎がしっかりありつつ、開かれた発想の面白さもあるという。

江﨑:ジャズ・ピアニストの文脈で言うと、技巧的になっていく人が多いから、そうじゃない方向でかっこいいっていうのは、かなり貴重な存在だと思っていて。自分の周りでも技術的に速く、上手に弾けることを目指す人が多かったなか、もうちょっと音楽全体を俯瞰で見るグラスパー的な方向性は、当時の僕からすると「そんな道もあったか」っていう希望の光になったところもありました。

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE