WONK、ロバート・グラスパーという「青春」を振り返る

 
『Black Radio Ⅲ』は原点回帰?
更新されるシリーズの普遍性

―では、新作の『Black Radio Ⅲ』を聴いた印象を教えてください。

荒田:最初の『Black Radio』は圧倒的にゲームチェンジャーだったと思うんですけど、翌年(2013年)に出た『Black Radio 2』を聴いて、個人的には迷走してると思ったんです。同時期にハイエイタス・カイヨーテがすぐ出てきたじゃないですか。こんなに短いスパンで影響力のある人がまた出てくるってなかなかないと思うけど、それに若干飲まれてる感じを『2』で感じて、『ArtScience』(2016年:ロバート・グラスパー・エクスペリメント名義の次作)のときは完全に持って行かれてた。そういう流れがあり、いろいろ葛藤もあった末、今回の『Ⅲ』で原点に帰ってきたというか。(2019年に)NYのブルーノートでJ・ディラのトリビュート公演をやったりしていたし、実際『Ⅲ』でも一発ループで攻めるぜって感じの曲が多くて、そこにJ・ディラ味を感じたりもして。その戻ってきた感じがいいなと思いました。


Photo by Chiemi Kitahara

―『Black Radio』シリーズを久々にリリースするということ自体、ある種の原点回帰的な印象もありますもんね。長塚さんはいかがでしょうか?

長塚 まずはゲストが豪華だなって(笑)。あとは歌詞を読みながら、黒人としての尊厳というか、そういう部分をいつも音楽を通じてしっかり表現している。そこがいいなと思いました。日本人のミュージシャンはそういうことをあまりやらないので、そういう意味でもグッと来ました。

インタビューでもニーナ・シモンを例に挙げて、時代を記録することの意味を語っていました。BLMの世界的な動きがあったうえでのリリースというのも重みを感じますよね。江﨑さんはいかがでしょうか?

江﨑:みんなで荒田の家に集まって『Ⅲ』を聴いたんですけど、そのとき荒田は偶然イエバを聴いていて。僕もSpotifyのお気に入りに何曲か入れてたけど、しっかりは認識してなかった。そしたらアルバムにイエバが参加していると知って、みんなで盛り上がりました。「時代を記録する」という話とも繋がると思うんですけど、ネクストムーブメントみたいな人をちゃんと混ぜてるのもいいですよね。僕はD・スモークとか全然知らなかったけど、Netflixのオーディション番組出身だと聞いて、そういう人とも一緒にやるんだなって。そんなふうにマーケティングの視点を持っているのは大事というか、見習いたい部分でもありますね。自分の音楽をたくさんの人に届けようとする姿勢は絶対必要だと思うので。



イエバ
クラーク・シスターズを影響源に挙げ、レトロな響きの歌声を持つアーカンソーのシンガー。2021年のアルバム『Dawn』は、ヒップホップやジャズ、R&Bなどをミックスしサイケデリックな味も加えた良作。エド・シーランやサム・スミスの楽曲にも参加、グラスパーとは『Fuck Yo Feelings』で先に共演済み。(文:アボかど、Photo by Rick Alvarez)

―井上さんはいかがでしょうか?

井上:やっぱり今回も『Black Radio』だなって。もちろん細かい部分は違うんだけど、『Ⅲ』も大枠のサウンドは変わっていない。グラスパーを昔から聴いてるファンからすると、「一緒だな」と思う部分もあるとは思うんです。でも、そこに意味があるというか。さっき『Black Radio』を「最高の入門書」と言いましたけど、「最高の入門書」で実験的にならないのは当然だと思うんですよ。グラスパーはいろんな作品を出してるけど、そのなかで『Black Radio』シリーズを定期的に出すことで、より裾野を広げていく狙いもあるのかなって。なので、僕の印象は変わらず今回も「最高の入門書」で、グラスパーのことをあまり知らない人にこそ聴いてほしいです。

―『Black Radio』のリリースから10年が経ち、リアルタイムでは経験していない世代も増えているわけですもんね。

井上:最初の『Black Radio』が出たときは、まだ(アメリカの)ヒットチャートもR&B/ヒップホップ一辺倒じゃなくて、ロックバンドもギリギリいましたよね。でも今は、そういう音楽がチャートをほぼ占めてるから、そのなかでこれを出すのもすごくいいというか。今のメインストリームを聴いてるような人たちにも響きそうだし、なおかつ楽器で弾いていて、アレンジも凝っている。そういう音楽の裾野が一番広がりやすいタイミングでもあるのかなって。

―グラスパー自身も、『Black Radio』はラジオフレンドリーな歌ものであることを意識しているみたいです。

江﨑:ちゃんとポップなものを作ろうっていう姿勢で一貫してるのはいいですよね。



井上:やっぱり『Black Radio』というパッケージングがすごいと思います。自分たちがかっこいいと思うこと、人に聴いてもらいたいと思うこと。その二つのバランスをどう考えるかは、ミュージシャンなら誰だって考えることだと思うけど、そういう意味で『Black Radio』の手法はかなり賢いなって。「広く届けるためのアルバム」というコンセプトを貫いてるから、コアなジャズファンに「前と一緒じゃん」と言われても、何とも思わないと思うんですよ。「だってこれは入門書で、みんなに聴いてもらうための作品なんだから」ってことですよね。コンセプトに強度があって、悩まずそっちにつき進める。そういうパッケージングはすごくいいと思います。

―もちろん、単にセルアウトするわけではなく、音楽的な強度と音楽への愛が根底にあるからこそできることですしね。

江﨑:そうですね。やっぱりジャズのシーンにいると、どうしてもマーケット的な視点が薄くなってしまう場合が多いと思うんです。でもグラスパーは音楽的にぬかりなく、なおかつちゃんとポップなものを作っていて、ものすごいバランス感覚だと思いますね。

 
 
 
 

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